はじめに

 甲状腺疾患は内分泌疾患の中では最も頻度が高く、日常診療の機会も多い。内分泌臓器としてホルモンの分泌という特殊な機能を有するが、すでに各種機能検査法がほぼ確立している。形態や病理などの検査も、体表に近く位置していることから超音波診断や穿刺吸引細胞診などが極めて有効であり、一般的には診断は容易である。しかし、検査にはそれぞれ何らかの問題があり、正しい知識を持ってデータを判断しないと、正しい診断に到達し得ないことも少なくない。このパンフレットでは、診断や検査に携わる人々にとって必要と思われる甲状腺に関する基本的知識、甲状腺の病気の概念、さらに甲状腺に関する検査について紹介し、最後に、これらに基づいて診断や治療を進める上でのポイントを述べ、読者の日常診療の一助となることを期待する。
 
        監修: 森 徹

1.甲状腺の構造と機能


 甲状腺は前頚部下方(輪状軟骨の下1/3のところに峡部があり、これに連なって左右両葉が気管に添って上下に伸び、蝶形を呈している。図1-1)に位置する13〜15gくらいの比較的大きな内分泌臓器であり、図1-2に示すように典型的な濾胞構造を持つ。一層の濾胞上皮細胞がコロイド腔をとり囲んでおり、細胞の基底膜は毛細管に接し、一方の濾胞側には微小絨毛がある。血管から能動的または受動的に細胞内に取り込まれた物質は、細胞内で処理され、その結果として合成された甲状腺ホルモン(TH)は、甲状腺特有の蛋白質であるサイログロブリン(Tg)にカップルされてコロイドとして腔内に貯蔵される。甲状腺が刺激されると、Tgはコロイド小滴として細胞内に取り込まれ加水分解を受けてTHが遊離し、THが血中に分泌される。 THと呼ばれるものは、サイロキシン(L-thyroxine;T4)およびトリヨードサイロニン(3,5,3'-L-triiodothyronine;T3)で、図1-3に示す如くチロシン(tyrosine)のヨード化されたものが縮合してできるヨード化アミノ酸である。THを合成するために、甲状腺はヨードを能動的に多量に摂取する(血中に比して約30倍に濃縮する)。コロイド腔内に貯蔵されているTHの量は、体内で消費される約1カ月分くらいあり、急激なホルモン欠乏が起こらないようになっている。

図1-1 甲状腺の局在
図1-2 濾胞構造

図1-3 甲状腺ホルモンの構造

 血中に分泌されたTHは、水溶性が低いためにほとんどが速やかに蛋白質(thyroxine binding protein;TBP:TBG、プレアルブミン(transthyretine)およびアルブミン)と結合し、ごく一部が遊離型で存在し、全身の標的細胞に運ばれる。TBPことにTBGのTH結合親和性は極めて高く(1×10-11/Molレベル)、血中のFT4濃度を一定に保つための強力な調節が行われている。T4とTBGの間には{FT4}+{FTBG} {T4・TBG}の平衡関係があり、37℃では20分以内に平衡に達する。正常のヒトでは、全T4中のFT4の比率は僅か0.02%程度である。T4は脂溶性が高く、遊離型のT4は容易に標的細胞の膜(脂質で形成されている)を通過して細胞内に入る。細胞内に入ったT4は、ここでヨードが一つとれてT3に変換される。T3はさらに核内に移行し、T3受容体(T3 receptor;TR)に結合する。TRのT3結合ドメインにT3が結合するとTRが活性化され、TR上のDNA結合ドメインがDNAに結合し、これに応じて新しい蛋白や酵素が合成され、ひいては酸素消費を高めて物質代謝を亢進させ、結果としてカロリー産生をもたらす。
 THは物質代謝に重要な作用を持ち、生命の維持に不可欠なホルモンであるが、甲状腺はそれ自体の自動性は乏しく、刺激があって初めて機能できる。下垂体前葉から分泌される甲状腺刺激ホルモン(thyrotropin:TSH)が主要な刺激物質であり、TSHが濾胞細胞基底膜にあるTSH受容体(TSH receptor)に結合することによってcAMP(およびPI3)が産生され、これを介して種々の作用が起こる。従って、甲状腺は正常でもTSHが不足すれば甲状腺機能低下症が起こる(二次性、下垂体性低下症)。下垂体のTSH分泌細胞(thyrotroph)は、さらに上位の視床下部からのTSH漏出ホルモン(thyrotropinreleasing hormone;TRH)によって調節され、TRHの不足でも甲状腺機能は低下する(三次性、視床下部性)。

図1-4 甲状腺の働きとその調節

 下垂体や視床下部にもTRは存在し、TRHやTSHの分泌は血中のFT4濃度によって規制され、FT4低下時には分泌が増加し、FT4上昇時には分泌が抑制される。従って、血中のFT4濃度とTSH濃度は逆相関の関係にある。血中のFT4を一定に保つための三つ目でしかも最も重要な機構であり、ネガテイブフィードバック機構と呼ばれる(図1-4)。TSHの分泌には、脳内ドーパミン(日内リズム:夜間に上昇する)や大脳皮質による調節(寒冷刺激による上昇)もある。

 TSHが受容体に結合することによって生じる細胞内の反応機構の詳細はまだ十分解明されてはいないが、結果として

(1)ヨードの能動的摂取が起こる(ヨードシンポーター;Na/I symporter;NISが活性化される)。
(2)取り込んだヨードを有機化する(甲状腺ペルオキシダーゼ;thyroid peroxidase;TPOが産生され、ヨードイオンを酸化してチロシンに結合させる)。
(3)ヨードチロシンの縮合によりT4、T3を合成する(この過程にもTPOが関与する)。
(4)コロイド小滴の細胞内取り込みとTgの水解によるTHの産生・分泌を起こす。
(5)Tgの合成を促進する。
(6)濾胞上皮細胞の増殖による甲状腺の腫大を起こす。

 甲状腺には、濾胞上皮細胞以外に濾胞に面しない傍濾胞細胞(C細胞)が存在し、カルシウム調節ホルモンであるカルシトニンを分泌する。

 現在までに、甲状腺に関する分子生物学的研究が進められ、すでに甲状腺に関する主要な物質の基礎的研究はほぼ完成に近いと云える(表4-1参照)。これらの知見によって、今後甲状腺の生理機構の詳細が解明されるとともに、病態の理解が一層深まり、甲状腺の検査、疾患の診断および治療にも新しい方向が出されると期待される。

 

2.甲状腺の病気
 

 甲状腺は内分泌臓器であり、ホルモンの過不足による病態が注目される。一方、甲状腺や下垂体に発生する腫瘍性疾患も多い。

 表2-1に主要な甲状腺疾患を示すが、血中の甲状腺ホルモンが過剰な状態を甲状腺中毒症、不足の状態を機能低下症と総称する。これら機能異常の原因として最も多いのは自己免疫異常で、全甲状腺疾患者の7割を占める。稀には甲状腺ホルモン受容体が異常なため、不応症による機能低下症状を呈することもある。ヨードは甲状腺ホルモンの基材として不可欠のものであり、ヨード不足による障害は世界的に注目されている。本邦では逆にヨード過剰摂取がより注目され、一過性機能低下症を来すことが少なくない。一般臨床の立場から見ると、甲状腺疾患者の比率は橋本病(原発性機能低下症を含めて)が約40%、バセドウ病が30%、腫瘍が25%くらいで、他の疾患は稀である(図4-2参照)。

 
表2-1. 主要な甲状腺疾患

1.甲状腺中毒症状を呈する疾患
1)甲状腺機能亢進症
  バセドウ病
  プランマー病
  多結節性中毒性甲状腺腫
  TSH分泌腫瘍
  非自己免疫性遺伝性甲状腺機能亢進症*1
  下垂体選択性甲状腺ホルモン府応症
  (卵巣性甲状腺、胞状奇胎、絨毛がん)
2)甲状腺中毒症
  破壊性甲状腺炎
   亜急性甲状腺炎
   無痛性甲状腺炎
  薬物性甲状腺中毒症
*1:TSHレセプター遺伝子変異によるもの
2.甲状腺機能低下症状を呈する疾患
 1)原発性甲状腺機能低下症*2
    狭義の原発性甲状腺機能低下症
      萎縮性甲状腺炎
    慢性甲状腺炎(橋本病)
    ブロッキング型TSHレセプター抗体による低下症*3
    先天異常による低下症
     形成不全
     異所性甲状腺(舌下部など)
2)甲状腺ホルモン不応症
    全身型(Refetoff症候群)
    下垂体選択型(SITSH)
   (末梢選択型?)
 3)中枢性甲状腺機能低下症
   下垂体性(二次性)低下症
    汎下垂体機能低下症
    TSH単独欠損症
   視床下部性(三次性)低下症

 

3.炎症性甲状腺疾患
1)急性化膿性甲状腺炎        細菌性
2)亜急性(肉芽性)甲状腺炎      ウィルス感染?
3)慢性(自己免疫性)甲状腺炎(橋本病) 自己免疫

4.単純性(思春期性)甲状腺腫
名前は単純だが、成因は多様かつ複雑
 思春期に見られるものは最近では橋本病の初期像とされ
  ている。

5.腺腫様甲状腺腫
結節部が過機能を示すものは多結節性中毒性甲状腺腫と
呼ぶ

6.甲状腺腫瘍
1)良性腫瘍
  乳頭嚢胞腺腫(チステ)
  濾胞腺腫 embryonal,trabecular
        小濾胞性、大濾胞性
        Hurthle cell,Plummer病(機能性腺腫)
2)悪性腫瘍
  分化がん
    乳頭がん
    濾胞がん
  未分化がん
    大細胞性未分化がん
    (小細胞性未分化がん)
  悪性リンパ腫
  甲状腺髄様がん
*2:発症年齢による分類も用いられる
 新生児クレチン症(先天性)
  若年性甲状腺機能低下症
  成人性甲状腺機能低下症
*3:TSBAbまたはTBII(TRAb)陽性
*4:TSHレセプター遺伝子の変異による遺伝子疾患

以下に主要な病気について概要を述べる。
 

(1)バセドウ病


 TSHRに対する自己抗体(TSHレセプター抗体;TSHRAb,TRAb)がBリンパ球から産生され、ネガテイブ・フィードバックとは無関係に、すなわちTSHとは独立して、甲状腺を刺激することによって起こる自己免疫疾患であり、未治療患者のほとんどの例の血中にTRAb(一般的にはTSHのレセプター結合阻害を示すthyrotropin-binding inhibitor immunoglobulin;TBIIが測定されるが、甲状腺の刺激活性を見るthyroid-stimulating antibody;TSAbも測定可能)が検出される(図2-1)。この抗体の刺激によって甲状腺はびまん性に腫大し、ヨード摂取率は上昇し、血中には過剰な甲状腺ホルモンが存在し、患者は新陳代謝の亢進と交感神経の緊張から、体重減少、心悸亢進(頻脈、不整脈)、暑がり、多汗、いらいら、手指振戦などを訴える。メルゼブルグの3主徴として良く知られている如く、甲状腺腫、頻脈、および眼球突出があれば本症が疑われる。臨床症状はかなり激しく、一見して本症を考えさせるほどのものが多いが、診断には血中の甲状腺ホルモンの高値、TSHの抑制とともにTRAbが検出されることで一般的には十分であるが、123Iや99mTcO4-摂取率の上昇を確認することがより望ましい。一般検査としては、T-cholの低下、Al-Pの上昇、Creの低下などが特徴的である。

図2-1 バセドウ病の病態
 3〜4:1と女性に多く、発症は20歳前後から高齢まで幅広く見られるが、小中学生からの発病もある。自己免疫疾患であることから遺伝的素因が注目されており、HLAの関与が示唆されている。欧米ではDR-3、DR-5が高率に見られるが、本邦ではいくつかの関連HLAが報告されており、筆者らはHLA-DPの関与(w2の減少、w4、w5の増加)が重要と考えており、笹月らもDPB5-0102の関与を認めている。眼球突出が30〜40%に見られ、眼窩内組織独自の自己免疫機構とともに、TSHRの関与も示唆されている。稀には前脛骨部に限局性粘液水腫が見られたり、手指骨骨膜部などに肥厚(acropachy)も合併する。本邦やアジア系の男子患者では、一過性の筋麻痺(周期性四肢麻痺;perioic paralysis)が見られ、糖分の過剰摂取に基づく低カリウム血症を示すものが主である。
 最近では治療法も進歩し、本症のために死亡することは稀であるが、以前は、心不全などのために約50%が死亡したと云われる。発症時の症状は激しく、放置されると甲状腺クリーゼ(thyroid stormまたはcrisis)になり、頻脈、高熱、多汗、下痢などから脱水が進み、興奮状態から昏睡に陥る。昏睡になると予後は不良である。

 バセドウ病は、臨床的に種々の問題があり、診療上苦慮することが少なくない。これらのうち主要なものについては後述する(第4項)のでご参照いただきたい。


(2)TRAbによる甲状腺機能低下症

 
 1978年に遠藤らによって初めて記載された低下症の特殊型である。機能上橋本病の亜型として取り扱われることが多いが、TRAb(ブロッキング型抗体;Thyroid-stimulation blocking antibody;TSBAb)が病態形成に直接的に関与する。素因的にもバセドウ病と同じくHLA-DPが深く関与しており、筆者らは本症とバセドウ病を自己免疫性TSH受容体疾患(autoimmune TSHreceptor disease)と呼ぶことを提唱し、世界的に認められつつある(図2-2)。TRAbがTSH作用を阻害することによる病態なので、本来はTSBAbの測定を要するがTBIIの測定で代用できる。抗体の強い母親からの新生児では、抗体の胎盤通過により一過性に本症が見られ、数カ月で改善する。成人発症例でも、抗体の消失によって機能が回復することがある。バセドウ病の寛解と同様で、甲状腺濾胞細胞の崩壊・減少による不可逆性低下症とは異なる。

 
(3)橋本病(慢性甲状腺炎)


 1912年に橋本策博士が4名の中年女性のびまん性甲状腺腫の手術標本を詳細に観察し、リンパ球性甲状腺腫として報告した。40余年後、この原因が自己免疫によることが明らかにされ、現在では最もポピュラーな臓器特異性自己免疫疾患として認められている。

 腫大した甲状腺には主としてTリンパ球、ことにCD8+のキラー細胞(周辺にはCD4+もある)が浸潤し、これらが細胞障害をもたらす。進展すると組織破壊が進み、線維化が強くなる。自己免疫の原因物質としては、サイログロブリン(Tg)と甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)が主たるもので、高率に抗体が検出される。抗Tg抗体や抗TPO抗体の細胞障害性は乏しいが、マイクロゾーム抗体の中には補体結合性を持つ細胞障害性抗体があり、液性免疫も病態形成に関与すると思われる。

 自己免疫性甲状腺疾患には家系的発生が少なくない(6〜7人に1くらい)が、橋本病は極めてポピュラーな疾患であり(60歳以上では自己抗体が15%位に検出されるし、剖検時には約10%に甲状腺に慢性炎症所見が見られる)、遺伝的素因を明確にすることは困難と思われる。ただし、HLAの分析を行うとバセドウ病とは共通するところも多いが、HLA-DPの関与が本邦では明らかに異なる(DPw2の増加、w4、w5の減少)。

 原発性甲状腺機能低下症ではこの傾向が一層著明である(図2-2)。

図2-2 AITRDの提唱
 
 橋本病の臨床的特徴は、びまん性で弾力性硬の甲状腺腫であるが、若年者の甲状腺腫は軟らかいし、高齢者や進展したものでは多結節性に触れることもある。男女比は10〜15:1と圧倒的に女性優位の疾患である。しかし、男性例では進展が早く短期間で低下症になり得る。患者は甲状腺腫以外に、全身倦怠、肩こり、前頚部絞扼感など不定愁訴的な症状をよく訴える。

 橋本病患者の約75%は正常機能を示す。20%程度が機能低下を示すが、不可逆性のものはその1/2程度で、破壊性甲状腺炎の回復期のものや、ヨード過剰摂取に基づく一過性で可逆性のものが少なくない。約5%に甲状腺中毒症が見られるが、出産後などに起こる一過性組織破壊に基づくもので、2〜3カ月で改善する(屡々続いて低下症になる)。

 一般検査では高ガンマグロブリン血症、赤沈の亢進、ZTTの高値などが見られる。また、全身的、または他の臓器特異性の免疫異常に伴って甲状腺が障害されることが少なくない。慢性関節リュウマチ、SLE、シェーグレン症候群など多くの全身疾患で抗甲状腺自己抗体が30%以上に検出され、組織学的にも橋本病が見られる。後者としては、慢性萎縮性胃炎(抗胃壁抗体)、悪性貧血、胆汁性肝硬変症、自己免疫性肝炎、特発性血小板減少症、アジソン病(シュミット症候群)、シーハン症候群、リンパ球性下垂体炎、ACTH単独欠損症などの合併が知られており、橋本病の診療に際してはこれらを念頭に置く必要がある。



(4)原発性甲状腺機能低下症(特発性粘液水腫)

 甲状腺に一次的な障害があって、そのために甲状腺ホルモンの分泌が低下した状態を原発性甲状腺機能低下症と総称する。ムコ多糖類の皮下沈着を起こし独特の浮腫を来すことから特発性粘液水腫とも云われる。これらの大半は橋本病の末期像であり、組織破壊の進展によって甲状腺は萎縮し甲状腺腫を触知しないもの(萎縮性甲状腺炎)も多い。既往歴や、治療経過の観察で以前に見られた甲状腺腫が縮小消失することもある。甲状腺ホルモンの不足によって種々の症状を呈する。全身倦怠や動作の緩慢、寒がり、顔面・下肢の浮腫、皮膚の乾燥・角化、嗄声、便秘および食思不振など多様な症状が出現し、患者は当初循環器、神経、消化器、血液などの異常として診療されることが少なくない。出生時に甲状腺機能低下を来すと、心身の発育障害を示し、クレチン症と呼ばれる。TSHの高値と甲状腺ホルモンの低下で容易に診断されるが、一般検査ではT-chol、CPK、LDH、GOT(AST)の上昇が特徴的で、経過の長いものでは正球性正色素性貧血を来す。  心電図の低電位も特徴的で、心嚢液の貯留もよく見られる。下肢の浮腫は弾力性にとみ指圧痕を残さないとされるが、本邦の患者では多くは貧血や循環不全のため指圧痕が見られる。最近では新生児スクリーニング検査が普及し、クレチン症が5000出産に1くらい検出される。なお、TSHの分泌低下によっても類似の低下症状が見られ、中枢性低下症と呼ぶ(二次性と三次性がある)。また、稀ではあるがTSH受容体遺伝子の変異による遺伝的TSH不応による低下症の家系が報告されている。
 本症はかっては全て不可逆性のものとされていたが、最近では約半数は可逆性であることが明らかとなっている。出産後などに見られる一過性組織破壊では甲状腺中毒症に続いて、一過性低下症を示すことが多い。また、本邦の食生活の特徴としてヨードの過剰摂取があり、橋本病が潜在している人には機能低下症が起こりうる。


(5)甲状腺ホルモン不応症

 血中に十分な甲状腺ホルモンが存在しながら、甲状腺機能低下症状を呈する稀な遺伝性の病態がある。甲状腺ホルモン受容体のβサブユニット(主としてT3結合ドメイン)の遺伝子変異によって、T3の結合や作用の伝達が障害される。低下症状を示す全身型と、下垂体のみの選択的不応で甲状腺ホルモンレベルに不釣り合いなTSH分泌(inappropriate secretion of TSH:SITSH)を示し、甲状腺腫大と正常機能か軽度の亢進症を来す下垂体型があるが、遺伝子変異からは両者を識別できない。測定された甲状腺ホルモンレベルとTSH濃度、さらに臨床所見が一致しない場合、この様な病態も考える必要がある。
 

(6)亜急性甲状腺炎


 ウィルス感染に基づいて発症すると考えられているが、原因ウィルスは一種ではなく、コクサッキー、ムンプス、インフルエンザ等いくつかのウィルスが関与するとされる。興味深いことは、罹病性にHLAの関与が極めて高いことで、世界的にHLA-Bw35が注目されている。本症患者の90%以上にBw35が見られる。

 一般に、上気道感染症状に続いて1〜2週後に38℃を越す程度の発熱と前頚部の疼痛を来す。痛みは、頚部から項部、肩等へも放散する。甲状腺は、一部が結節性に腫脹し圧痛が著明である。この部分はエコー上低レベルを示し、限局した組織破壊が伺われる。その結果として貯蔵されている甲状腺ホルモンやサイログロブリンが漏出し、甲状腺中毒症を来す。必然的にTSHが抑制され、甲状腺123I(99mTcO4-)摂取率は極めて低値を示す。発熱の程度に比して患者は重症感を訴え、甲状腺中毒症を伴うためと思われる。一般検査としては、CRPの高値と赤沈の亢進が特徴的で、白血球増多や核の左方移動は著明ではない。組織学的には肉芽形成が特徴的で、肉芽組織やコロイドを含む巨細胞が見られる。穿刺吸引細胞診でも十分診断可能である。
 2〜6カ月の経過で治癒するが、ステロイド剤やアスピリン等消炎鎮痛剤の投与は有効で、症状の改善に速効する。治療経過中炎症部位が甲状腺内で移動することも見られる。TSH、サイログロブリン、CRP等をマーカーとして経過を判断するが、時にTSBAbの産生から一過性の機能低下症に陥ることもある。ただし、永続的な低下症に至ることはほとんどない。
 

(7)甲状腺腫瘍
 

 甲状腺にはしばしば腫瘍が発生し、結節性腫大を来す。最近、エコー検査が普及し小さな結節、ことに嚢胞性病変が高率に検出されるようになったが、一般的には径5mm以下のものは精査の必要性は乏しい。良性腫瘍と悪性腫瘍があるが、主要なものについて以下に概説する。


A)良性腫瘍

  1)乳頭性(嚢胞性)腺腫

 肝、膵、腎等に見られる単純嚢胞とは異なり、甲状腺に見られるものは嚢胞周辺組織に乳頭状増殖を示す大型濾胞構造が見られ、嚢胞性病変である。超音波診断では、液貯留を示す低エコー域の中や周辺に腫瘤像を認めることも多い。悪性のものもあり、嚢胞性変化即良性と判断することは正しくない。穿刺で得られる液は褐色乃至黄色で、水様透明な液が得られたときは甲状腺ではなく副甲状腺の病変を考えるべきである。

  2)濾胞性腺腫

 甲状腺細胞は胎生の11週くらいから出現し、14週頃には小濾胞を形成する。このような幼若な濾胞細胞による腺腫(embryonal、trabecular)と、ほぼ正常に近い濾胞構造を持つ濾胞腺腫、濾胞上皮が好酸性変化を示すHurthle cell腺腫などがある。他臓器のものと異なり幼若濾胞構造を持つものはほとんど良性である。一般的な濾胞腺腫は、濾胞がんとの鑑別が困難であり、細胞診ではクラス3と診断されることが多い。経過を観察し、増大傾向のある場合には手術を行うべきで、摘除標本の腫瘍周辺の検索によって初めて悪性と診断されることも多い。濾胞腺腫の増大にはTSHが関与しうるので、甲状腺ホルモンの投与によるTSH抑制療法が行われる。この治療によって腫瘍が縮小するのは約1/3程度であり、甲状腺ホルモン過剰による骨粗鬆症の誘発を案じて無治療で経過を観察するべきとの考えもある。著者は抑制療法を行うが、腫瘍が縮小しない場合、初回の細胞診がクラス2以下であっても3〜6カ月で再検することにしている。一般に腺腫部位の機能は乏しく、シンチグラムでは欠損像を呈する。

 最近、これらの良性腺腫に対して、経皮的エタノール注入療法(PEIT)が用いられつつある。数回の注入で腫瘍縮小が見られるが、評価はまだ未確定である。

  3)機能性(甲状腺)濾胞腺腫(Plummer病)

 本邦では稀で、バセドウ病の1/300程度にしか見られないが、欧米ではバセドウ病の1/5くらいの頻度に本症が見られる。ヨード摂取量の差異が頻度に関連するかと思われたが、ヨード摂取の少ない中国にも本症は少なく、人種的な関連が大きいと思われる。

 腫瘍が過機能を示し、甲状腺機能亢進症を呈する。最近、本症の腫瘍細胞にTSHレセプター遺伝子の変異(somatic mutation)が検出され、これによってTSHの刺激がなくてもcyclic AMPが持続的に産生される(constitutive activation)ことが分かり、本症の病態が一部解明された(欧米では本症の70%くらいに認められる)。同様な変異が胚細胞にも出現することがあり(germ line mutation)、このために遺伝性非自己免疫性機能亢進症を起こした家系の報告もある。他に、Gs-α遺伝子の変異によって持続的にアデニレートサイクレースが活性化されるものも知られている(欧米例では15〜20%)。ただし、本邦の症例ではこれらの遺伝子変異は発見されておらず、これら以外の機序が考えられる。

 臨床的には軽度の機能亢進症を示すものが多く、シンチグラムでは結節部のみが描出され、他の甲状腺部位は抑制されている(hot nodule)。亢進症には抗甲状腺剤が有効であるが、腫瘍はかえって増大する。131I療法も大量を要し、有効性は乏しい。診断が確定すれば手術的に摘除する。  

  4)腺腫様甲状腺腫

 腫瘍と過形成の中間に位置する病態である。一般的に、両側性多結節性腫大を示し、結節部は嚢腫様または腺腫様である。病理学的には、腺腫に近い病変部位と正常と思われる部位が明瞭な境界なく存在している。時には、孤立性結節の内部がこのような多様な構造を示すことがあり、これらも本症として扱われる。増殖性が強く、時には大きな腫瘤を形成し、胸郭内へ進展することもある。
 治療にはT4による抑制療法が行われるが、濾胞腺腫よりも腫瘤縮小傾向は乏しい。圧迫症状が強いときには甲状腺全摘術が必要である(部分切除では再発が多い)。

 欧米では、本症の経過中に過機能を示す多結節性中毒性甲状腺腫例が少なくないが、本邦では希有である。


B)悪性甲状腺腫

 全甲状腺疾患者の3〜5%に悪性腫瘍が見られる。剖検時の分析によれば全死亡例の10%程度に甲状腺がんが検出されるが、臨床的に問題になるのはこの程度である。表2-2にその疾患別頻度を示すが、これは従来の成書に記載されているものに比して、特に濾胞がんの頻度が異なるが、これが本邦における実状である。

 甲状腺がんは少なくはないが、生命に関する予後は極めて良好であり、本症のために死亡する症例は、診断確定者の10%に満たない。甲状腺に多発する分化がんは、成長が遅く、しかも体表に近いことから早期に発見され易い。転移は早期から見られ得るが、これらの成長も遅く、生命を脅かす危険は少なく、他臓器のがんとはかなり趣が異なる(最近では死亡は診断例の1%程度と思われる)。


  1)乳頭がん

 甲状腺がんの大半を占め、上記の特徴を代表するものである。発症年齢も一般のがん年齢よりは若く、小児期から散見され、ピークは40歳以降に見られる。チェルノブイリの原子炉事故後に多発し、被曝(ことに131I)が原因になること、発症までに5〜10年を要することが立証された。他臓器のがんでは多段階遺伝子変異による発癌が注目されているが、良性腫瘍の経過観察中に本症が発生してくることは決して多くなく、一般的には乳頭がんは小さくても初期からがんである(de novo carcinoma)と考えてよい。なお、甲状腺腫瘍についても遺伝子変異の関連が知られており、ras、p53がことに注目され、早期にはAPC、チロシンキナーゼなどの関与も示唆されている。

 病理組織学的には、上皮細胞の乳頭状増殖が見られ、核の変形や核内封入体など特徴的所見があり、細胞診に好適な病変である。しかも、甲状腺は体表に近いことから超音波診断と穿刺吸引法によって診断率が大幅に向上している。

 がんの進展は緩徐であり、生命に関する予後は良好であるが、一方で、早期から頚部リンパ節へ転移しやすく、手術時に2/3の例に転移がみられる。治療は手術療法であり、腫瘍の摘出と所属リンパ節の廓清が行われる。欧米では、後述の如く131I療法に備えて全摘を行う場合が多いが、本邦の甲状腺専門外科医は可成りの比率で偏葉切除などの部分的摘除に留める傾向があり、術後経過は良好である。勿論、放置されておれば徐々に進展し、局所浸潤や肺、骨などへの転移のため死に至ることも稀にはみられる。乳頭がんの生命予後を左右する最も重要な因子は、p53遺伝子の変異に基づく未分化がんへの進展である。大細胞性未分化がんの多くは本症をベースに発症すると思われる。

 甲状腺腫は硬く、可動性の少ない結節として触知され、傍気管部や側頚部にリンパ節腫大を認めれば本症が疑われ、エコーで腫瘤の性状を観察し、さらに、細胞診によって診断が確定する。局所で浸潤性進展を示し、反回神経に浸潤すると麻痺によって嗄声を来す。時には原病変が小さく、頚部リンパ節腫大や転移性骨(肺)腫瘍の原因検索から本症が発見されることもある。サイログロブリン(Tg)は一般に高値を示すが、良性腫瘍や嚢胞性病変でも上昇し、腫瘍マーカーではあり得るががんマーカーとは云えない(バセドウ病や破壊性甲状腺炎でも上昇するが、これらは機能などから十分識別できる)。

表2-2 悪性甲状腺腫の比率と予後
疾患名 発生比率 生命に関する予後
乳頭がん 85〜95% >85%/10年
濾胞がん* 5〜7% 65〜80%/10年
未分化がん 〜1% ≒0%/1年
悪性リンパ腫 1〜3% 60〜80%/5年
*従来の報告よりは少ない。またこれ以外は穿刺吸引細胞診で診断がほぼ確定する。

  2)濾胞がん

 乳頭がんより少し発症年齢が高く(若年例は少ない)、早期から局所転移よりも遠隔転移(肺、骨など)を来たし、生命に関する予後も少し悪い。本症の一番の問題点は、良性腺腫との鑑別が屡々困難で、手術適用の判断に困ることである。乳頭がんには極めて有効な細胞診も、本症ではfollicular tumor、class3と判定されることが多い。

 病理組織学的には、正常サイズくらいの濾胞構造を示し、上皮の増殖像が見られるが、細胞核の形態変化や核内封入体などは見られない。以前は、乳頭状増殖の一部に正常に近い濾胞構造が見られれば本症と診断されたが、細胞核の性状などからこのような判定は正しくないとされ(乳頭がんと診断)、濾胞がんの診断率はかなり低下し、最近では本症は甲状腺がんの5〜10%の頻度に留まる。
 確定診断は、手術時に被膜や周辺への浸潤を認めることによって行われる。筆者らは、甲状腺がん特異性モノクローナル抗体TCM-9を開発し、細胞診や組織診への応用が本症の診断に有用であることを報告したが、血中抗原の検出は、Tgとの交叉反応性のためうまく行かず、まだ十分な臨床応用には至っていない。

 分化型甲状腺がん、ことに濾胞がんにおいては転移巣の治療が可能である。即ち、分化機能を有しているのでヨード摂取能を保持しており、これを利用して131Iの大量投与による治療が行われる。浸潤性の分化がん、ことに濾胞がんと診断されれば、正常部を残さず甲状腺を全摘する。図2-3に示す如く、術後4〜6週無治療で放置し、TSHが十分に上昇した状態でトレーサー量の131I(または123I)を投与し、全身をスキャンする。

どこかに異常集積が見られた場合には、131Iの大量(100〜250mCi)を投与し、集積したヨードからのβ線による選択的照射を行う。1度で完全に良くならないこともあり、131I投与後3〜6カ月は甲状腺ホルモンの補償を行い、これを中止した後改めてスキャン、さらに再治療を行う。有効例では2〜3度の治療で転移巣が消失し、Tgも正常化する。転移巣が完治できる特殊な治療法であり、他の臓器がんでは考えられないもので、ことに肺や軟部組織に対して有効である(骨に対しては有効性がやや乏しく、繰り返して治療を要することや時には治療に抗して進展することもある)。化学療法は有用性よりも副作用の方が問題であり、一般には行わない。

図2-3 分化型甲状腺がんにおける全摘および131I療法


  3)未分化がん

 甲状腺がんの予後は一般に良好であるが、本症のみは極めて予後不良であり、発症から1年以内にほとんどが死の転帰をとる。病理学的に、従来は巨細胞(大細胞)型と小細胞型があるとされたが、最近では小細胞型未分化がんは悪性リンパ腫の一型と考えられている。甲状腺部の腫瘍の急速な増大(2週間で明らかに増大する。この様な急速な増大は、本症と悪性リンパ腫以外には見られない。)と周辺への高度の浸潤を示し、末期には全身的な転移を来す。多くのものは、先在する分化がん(乳頭がんが主)に変異が加わり、一部が急速に腫大するもので、変異する遺伝子としてはp53が注目されている。主病変は摘除されていても、転移巣に未分化性変化が起こることもある。先行する分化がんが見られずに、当初から本症として発症したと思われるものもある。分化度が乏しいために腫瘍のわりには血中Tg濃度は高くない。時に、腫瘍細胞が扁平上皮化生を来たし、IL-6、TGF-βやGM-CSF等を産生し、高カルシウム血症や白血球増多を来すことがある。

 早期のもの以外は手術摘除が困難であり、局所浸潤から全身転移を来し死亡する。化学療法としては、シスプラチンとアドリアマイシンを主とする治療が有効である。しかし、白血球減少などの副作用のため十分量を短期間に投与することができず、全身状態の改善を待つ間に進展する場合が多い。最近では、G-CSFの投与、さらに発病初期に採取した自己骨髄移植のもとに大量療法を行い、治癒に導きうることが示唆されている。
 

  4)悪性リンパ腫

 甲状腺にnon-Hodgikinタイプの悪性リンパ腫が初発することが稀ではない。
この理由として、慢性甲状腺炎(橋本病)を母体として、その浸潤リンパ球の一部がモノクローナルな増殖を起こすことが考えられる。本症の多くに高率かつ高抗体価を示す抗甲状腺抗体が検出されるし、びまん性腫大を起こしている甲状腺腫の一部が急に増大してくることもある。この様な場合は前景に橋本病があるため診断の確定が困難なことも多く、穿刺や生検標本の病理細胞診断のみでなく、疑わしいときにはモノクロナリテイーやリンパ球の表面抗原の検索を行う必要がある。ほぼ正常と思われる甲状腺の1葉に本症が発症してくることもあり、この様な場合は腫瘍の増大速度も速い。
 甲状腺原発性リンパ腫は一般に予後は良好で、手術、X線照射、化学療法(VEMPなどが有効)によって完治するものが多い。いずれの治療法も、単独で十分とは断定しがたく、手術+化学療法、X線+化学療法の併用が好まれる。腫瘍がかなり大きく周辺リンパ節腫大を認める場合でも治療に良く反応する。
 

  5)甲状腺髄様がん

 甲状腺の傍濾胞細胞(parafollicular cell)はカルシトニンを分泌することからC細胞とも呼ばれ、時に異常増殖しがん化する。小細胞の集積によるsolidな腫瘍を形成し、その形態から髄様がんと呼ばれる。間質部にはアミロイドの沈着が見られ、形態学的にも特徴があるが、それ以上にカルシトニンの過剰分泌が見られることと、がん化の機序が特徴的である。

 本症の多くは散発性に見られるが、一部に家族性発症が見られる。髄様がんのみのものを家族性甲状腺髄様がん(familial medullary thyroid carcinoma:FMTC)と呼び、副腎褐色細胞腫を併発するもの(Sipple症候群と呼ぶ)も見られる。後者は、いわゆる多発性内分泌腫瘍症(multiple endocrine neoplasia:MEN)2型として位置付けされている。これにはMEN2A(髄様がん、褐色細胞腫、副甲状腺腺腫)とMEN2B(髄様がん、褐色細胞腫、粘膜神経腫、Marfan様体型)がある。最近これらの原因遺伝子が確定し、レセプター型のチロシンキナーゼをコードする前癌遺伝子であるRET遺伝子の変異が明らかになった。家族性のものでは全身細胞にRETの変異が確認されており(germ line mutation)、MEN2Aでは主としてエクソン10、11、FMTCではエクソン10、11、13、14、MEN2Bではエクソン16に変異が集中している。散発性のものでは当然腫瘍細胞のみであるが、高率にRETのエクソン10、11に変異が認められる。

 本症ではカルシトニンの過剰分泌が見られ、これが腫瘍マーカーとして有効である。従来、家系例においては、未発症時にペンタガストリンやカルシウム負荷後のカルシトニンの上昇を発症前診断に用いていたが、初発例でRETの変異部位が確定すれば、その部位の変異をPCRで簡単かつ正確に検索でき、発症前診断が有効に行える。本症は予防的、または早期治療によって治癒に導きうる疾患であり、未発症家族の検索には大きな意義がある。

 本症の臨床的特徴としては、結節性甲状腺腫で頚部リンパ節が腫大するという分化がんと余り変わらない所見を示すが、穿刺吸引細胞診で診断が可能である。本症の約80%ではCEAの産生が見られ、CEA高値から本症を疑われることもある。予後は、分化がんほどではないが腫瘍の増殖速度はゆっくりしており、それほど悪くはない。治療は当然摘出術であり、化学療法には期待できない。
 

3.甲状腺に関する検査
 

 内分泌疾患の診断には、ホルモン、臓器特異性蛋白、自己抗体などの測定が不可欠である。最近、ホルモンなどの微量活性物質の測定は、感度、精度、特異性のいずれにおいても顕著な進歩が見られ、何時でも、何処でも優れた測定が可能となった。

 初期にはバイオアッセイや化学反応など、感度や特異性の低い測定が行われたが、インスリンに対して開発されたラジオイムノアッセイ(RIA)が利用されて大幅な改善が見られた。RIAも最初は競合反応を用いていたので感度面で不十分であったが、特異的なモノクローナル抗体を用いるサンドウィッチ法の応用で一層の改良が進んだ。さらに、RIの使用では施設、特殊機器、廃棄物の処理などに問題があり、何処でもというわけには行かなかったが、酵素免疫法などnonRIA法が行われるようになり、普遍性が高まった。RIは情報を増幅できないがnonRIA法では増幅が可能であり、最近では化学蛍光法(CLIA)やさらに進んで化学蛍光電子法(CLEIA)など原理的にRIより優れたものも開発され、これらを用いた少量検体、迅速かつ多項目ランダムアクセスが可能な機器も開発され、今やnonRIA測定の時代になったといってよい状況である。

 今日では、各種ホルモンの測定や抗体の測定など、血液試料を用いたインビトロ検査(表3-1)が広く行われている。しかし、診断確定には後述するように超音波検査、インビボRI検査、細胞診なども不可欠である。甲状腺に関する遺伝子検査は、特殊な症例の診断や遺伝性の確定には有効であるが、今のところ日常診療上の必要性は乏しく、現行の検査を正しく実施し、正しく判断することでほぼ支障はない。

表3-1.甲状腺関連インビトロ検査について
略号・通称名 正式名称
TSH

TBG

FT4

FT3

T4

T3

T3U

TRAB

TSAB

TPOAB

マイクロゾームテスト

TgAB

サイロイドテスト

TG(サイログロブリン)
 
甲状腺刺激ホルモン
(Thyroid stimulating hormone)
T4結合グロブリン
(Throxine binding globulin)
フリーT4・遊離サイロキシン
(Free thyroxine)
フリーT3・遊離トリヨードサイロニン
(Free triiodothyronine)
トータルT4・総サイロキシン
(Total thyroxine)
トータルT3・総トリヨードサイロニン
(Total triiodothyronine)
T3摂取率
(T3-uptake)
TSHレセプター抗体・甲状腺受容体抗体
(TSH recepter antibody)
甲状腺刺激抗体
(Thyroid stimulating antibody)
抗TPO抗体
(Anti TPO antibody)
マイクロゾーム抗体
(Anti thyroid microsomal antibody)
抗サイログロブリン抗体
(Anti tyroglobulin antibody)
TgPA抗体
(Thyroglobulin antibody by passive agglutination)
サイログロブリン
(Thyroglobulin)
 

A.In vitro検査

  1)TSH(甲状腺刺激ホルモン:thyroid stimulating hormone、thyrotropin)

 TSHの測定は、現在用いられている甲状腺機能検査のうちで最も信頼度が高い検査であり、もし単項目で甲状腺機能を見るとすれば、TSHが選ばれる。甲状腺は自動性が乏しくその機能発現には刺激物質、TSH、が必要である。TSHの分泌にはフィードバック調節が主として働き、血中FT4濃度との間には図3-1のような逆相関関係が見られる。しかも甲状腺ホルモンの測定に比して測定上の非特異性反応が少ない。IRMAやCLIA法の導入によって測定感度が著明に改善され、最も高い信頼を得るに至った。

 図3-2に高感度測定法の基本原理を示すが、2種類の認識部位の異なる抗体を用いて、TSH分子を挟むサンドウィッチ法である。それまでに用いられていた競合反応法(感度:1mIU/L(uU/ml))に比して、測定感度が10倍以上良くなり、第1世代で0.1mIU/Lが検出され、正常と低値の識別が可能となった。その後第2世代(感度0.03mIU/L)、第3世代(0.01mIU/L以下)と改良が進み、低値域の分析も良くなった。第1世代で測定感度以下となる病態のうち、低T3症候群は全例測定可能となり、破壊性甲状腺炎の多くが測定でき、一方、未治療バセドウ病は多くが感度以下を示す。破壊性甲状腺炎の経過観察、バセドウ病の治療経過の判断にも有効である。ただし、機能正常のバセドウ病眼症で測定感度以下を示すものがあり(測定時点以前に機能亢進があったと推測される)、ある1時点のみの測定成績で十分とは云えない。

 TSHの測定はことに甲状腺機能低下症の診断に有効であり、原発性低下症では50mIU/Lを越すものが多い。一方、中枢性低下症ではTSHの上昇が見られず(シーハン症候群で稀に高値あり)、両者の鑑別は容易である。下垂体性と視床下部性低下症の区別はTSHの測定のみでは不十分で、500ugのTRH静注後のTSHの変動を観察することで一般に可能である(図3-3)。

 TSHの測定には非特異的要因の関与が少ないが、稀にみられるHAMA(抗マウスグロブリンヒト抗体)や、抗ヒトTSH自己抗体が影響しうる。HAMAは3000人に一人くらい存在するとされ、測定に用いられるマウスの抗ヒトTSHモノクローナル抗体に結合する。最近では、この影響を除外するためマウスグロブリンを添加された試薬が用いられるようになり改善された。時にはマウス以外の動物に対する動物異好抗体も見られる。ヒトTSHに対する自己抗体は極めて稀である(ウシでは時に見られ、TRAb測定時に問題になる)。臨床所見や甲状腺ホルモン値との関係からTSHのデータに疑問が持たれる場合、SITSH(不適正TSH分泌:甲状腺ホルモン不応症、TSH分泌腫瘍など)を先ず考えるが、測定上の影響も念頭に置くべきである。
 
図3-1 TSHとFT4の相関
図3-3 TRH負荷試験による甲状腺機能低下症の識別
図3-2 TSH高感度法測定原理


  2)TBG(T4結合グロブリン:thyroxine binding globulin)

 T4は血中においてそのほとんどがT4結合蛋白(TBG、プレアルブミン:transthyretin、アルブミン)と結合して存在する(健常者では、T4の70%、T3の80%近くがTBGに結合している)。TBGは最もT4との結合親和性が高く、TBGの増減がT4測定値に大きく影響する。TBGは妊娠時、エストロゲン投与時、急性肝障害時に増加するが、稀には遺伝性にTBG増多を示す家系もある。一方、ネフローゼ症候群、蛋白同化ホルモン(男性ホルモン)、大量のステロイド投与時、肝硬変などではTBGが減少する。先天的にTBG欠損を示す例も見られる。T4測定値が、臨床所見やTSH値と合わないときにはTBG異常を考えるが、最近ではT4よりもFT4の測定が一般化しており、日常臨床ではTBG異常が問題になることは少なく、TBG測定も異常症の確定のみに限定されつつある。

  3)FT4(free thyroxine)

 健常者では、血中のT4のうち僅か0.02〜3%程度が結合蛋白に結合していない遊離型で存在する。この遊離型のFT4が全身の標的細胞に作用する真のホルモンレベルを示し、しかもTBGの増減に影響されないものであるから、FT4が正確かつ容易に測定できれば最善の甲状腺機能の指標となりうる。しかし、実際的にはFT4の測定は容易ではない。FT4はT4に比して微量でありT4とTBGの結合親和性は高いので、血清を透析膜の中に入れ、TBGを含まない外液と平衡に達しさせ、外液中のT4(FT4)濃度を測定する平衡透析法が理想に近い測定である。しかし、煩雑であり、やや正確さを欠くことからルーチン測定には用い難い。そこで、血清中のFT4のみを抗体に結合させて測定するRIA法などが種々開発された。血清蛋白や脂質の影響、さらにT4(測定に用いられるT4コンジュゲイトも含む)に対する自己抗体の影響などのため、なかなか良い測定法ができなかった。欧米では、この様な問題点から最近まではFT4の測定は好まれなっかったが、本邦では当初から多用されてきた。やっと最近になって、モノクローナル抗体を用いる方法(MAB法や、最近ではEIA法、CLIA法など)が開発され、これらによれば自己抗体の影響を含めた非特異反応が少なく、かなり有用性が高くなった。単一項目である程度甲状腺機能の指標となることは評価されるが、最新のものでもなお真のFT4測定には遠いものであり、TSHに比較すると信頼度は劣る。なお、マウスのモノクローナル抗体を用いる系においてはHAMAや動物異好抗体の影響を受けることは当然であり、この点も注意を要する。
  4)FT3(free triiodothyronine)

 甲状腺からは主としてT4が分泌されるが、血中や組織で脱ヨードされ一部はT3転換される。従って、甲状腺からのT3/T4分泌比よりも血中の比率が高くなる。即ち、血中のT3測定は甲状腺機能と末梢代謝の両方を反映する。T3も大半がTBGを主とする結合蛋白に結合し(結合親和性はT4よりも低い)、健常者で0.3〜4%程度が遊離型(FT3)で存在する。FT3の測定はFT4の測定と同様の問題があり、しかも上述のように末梢代謝の影響を受けることから、より信頼度は乏しいと云わざるを得ない。ただし、この様な問題を除外して考えると、甲状腺からの分泌比を伺い知るというメリットが残り、バセドウ病の甲状腺機能亢進の指標や治療経過の評価に有用性が認められる。また、非甲状腺疾患に際してみられる低T3症候群の指標ともなる。FT3においてもMAB法、CLIA法などの利用で改善が見られているが、筆者は測定上の問題が大きいことからFT3よりもT3を好む。

  5)T4(total thyroxine)

 蛋白結合性のものを含めた全T4濃度の測定である。上述のようにTBG異常によって大きな影響を受け、単独では甲状腺機能の指標には用い難いものではあるが、測定はFT4よりもはるかに正確で、かつ非特異的反応が少ないし、なによりもT4の絶対量を測定していること(FT4は相対的値)は評価されるべきである。本邦では健康保険診療が一般的であり、T4とFT4の同時測定は査定の対象になりT4の測定が避けられる傾向が強いが、TBG異常を除けばFT4よりも信頼度の高い検査である。

  6)T3(total triiodothyronine)

 前項で述べたと同様に、T3の測定もFT3よりも優れたものであるし、T3はTBG異常の影響がT4よりも少ない。ただし、T3濃度は末梢代謝の影響を受け、その影響は当然FT3よりも大きいので、甲状腺機能の指標という点に限ればFT3に優位性がある。

  7)T3U(T3 uptake)

 T4の測定がTBGの増減で影響されることを述べたが、インビトロでTBGの結合能の余白の大きさを見る検査である。血清にRI標識T3を添加してインキュベートすると、T3はT4よりTBG結合親和性が低いので、TBGのT4が結合していない部分にのみ結合する。蛋白に結合したT3を測定するとTBGの結合予備能が分かる。甲状腺機能亢進時にはTBGの余白は少なく、添加したT3のほとんどが結合しないで残り、レジンなどに吸着(uptake)され、低下症では吸着率が低い。また、TBG過剰(T4は高値)では余白が大きいためレジン吸着率は低くなり、TBG欠損(T4低値)では高くなる。従って、T4とT3Uを同時に測定すればT4×T3U=FT4 Indexとなり、TBG異常に関係なく甲状腺機能を反映する。PBIなど不正確な測定しかなかった時代に開発された画期的なインビトロ検査法であるが、今日では、ことに本邦では、余り測定されなくなった。

  8)TRAb(TSHレセプター抗体:TSH receptor antibody)

 TSHはTSHレセプターに結合することによって、甲状腺を刺激する。TSHレセプターに対する抗体のある種のものは、標識TSHの甲状腺結合阻害活性を示す。他にもTSHレセプター抗体があるので、この方法で測定されるものをTRAbと呼ぶのは正しくなく、TSH結合阻害抗体:TBII(thyrotropin-binding inhibitor immunoglobulin)と呼ぶべきである。TBIIは早くから測定キットが発売され、広く測定されている。TBIIはバセドウ病に特異的に検出されるが、甲状腺機能低下症の一部にも高活性を示すものがある。正常者や他の甲状腺疾患者には検出されない。バセドウ病におけるTBII測定の意義は表3-2に示す如くである。

 

表3-2.バセドウ病におけるTBII測定の意義
(1)甲状腺機能亢進の良い指標である。
 (未治療例では甲状腺摂取率、甲状腺腫の大きさ、 組織学的に濾胞上皮細胞の増殖度などと相関する)

(2)バセドウ病治療経過、ことに寛解の判定に有用である。

(3)しかし、未治療例の検出率は100%ではない(約90%)。

(4)機能低下症の一部にも検出され、バセドウ病特異的とは云えない。

(5)TBIIが機能亢進を起こしていることの確証がない。
 (TSHの結合阻害性を見ているのみで、TBIIが甲状腺を刺激するという明確な所見は得られていない)

  9)TSAb(甲状腺刺激抗体:thyroid stimulating antibody)

 バセドウ病の指標としては甲状腺刺激活性がTBIIより適当と思われる。培養甲状腺細胞FRTL-5など)、またはヒトTSHレセプターcDNAをトランスフェクトした細胞を用いて、患者IgGによるcAMP産生増加を見ることによって、TSAbが感度良く測定できる。この測定はキット化されていないため(細胞を用いることが必要なため)、委託検査または研究室での測定が主で、ルーチン検査には不向きである。バセドウ病におけるTSAb測定の意義をまとめると表3-3の如くになる。

 
表3-3 バセドウ病におけるTSAb測定の意義
(1)感度が良好で、未治療例ではほぼ100%に検出される。

(2)バセドウ病眼症の良い指標である。
 (機能正常の眼症例ではTBIIは陰性または低値であるが、TSAbは高率かつ高力価に検出される)  

(3)出産後のものを含めて、亢進症発症の予測に有効である。(機能正常時から検出される)

(4)しかし、培養細胞を用いることから毎回条件が異なり、測定データの標準化が困難である。
 (TSHを標準物質として用いて標準化を図っているが、TSHとTSAbの作用機序は異なるので十分とは云えない)

(5)機能正常時にも検出できることは、TSAbのみでは機能亢進を起こさないことも考えられる。
 (バセドウ病眼症で機能正常時にはTSAbのみ高く、機能亢進発症時にはTBII  も上昇する)
 

  9’)TSBAb(甲状腺刺激阻害抗体:thyroid stimulation blocking antibody)

 TSAb測定に用いる培養細胞にTSHを添加するとcAMPが産生されるが、同時に患者IgGをいれるとTSHによるレセプター刺激がブロックされ、cAMPの増加が抑制されることによってTSBAbが測定される。原発性甲状腺機能低下(TSHが上昇)があり、甲状腺摂取率が低値の場合(甲状腺腫は典型例では触知されないが、甲状腺腫を認める例も稀ではない)TSBAbによる機能低下の可能性が考えられる。一般的にはこの様な場合、TBIIが高値を示し診断に代用できるが、TBII陰性のTSBAbの存在も示唆されている。TSBAb(TBII)強陽性の母親から産まれる新生児には、一過性甲状腺機能低下症が起こる可能性がある。従って、低下症があるかまたは補償療法中の妊婦では、妊娠時にTSBAb(TBII)をチェックする必要がある。バセドウ病の寛解と同様に、TSBAbの減少(消失)によって成人でも低下症が寛解することがある。

8)、9)、9’)を通じて、どのようなときにTRAb(TBIIのみではなく総合的に)を測定するべきかを表4-6にまとめたので参照されたい。


10)TPOAb(甲状腺ペルオキシダーゼ抗体:anti-thyroid peroxidase antibody)

 橋本病の項で述べたように、甲状腺構成成分に対して種々の自己抗体が産生される。後述のサイログロブリンと細胞質成分に対するものが主として認められ、後者のうち主要なものがTPOAbである。橋本病やバセドウ病などの自己免疫性甲状腺疾患には極めて高率かつ高抗体価に検出され、補助診断的な意義がある(バセドウ病で約90%、橋本病ではそれ以上)。甲状腺腫瘍や亜急性甲状腺炎の回復期などにもTPOAbを含む自己抗体が検出されうるので、抗体があるから自己免疫疾患とするのは正しくないし、さらに、自己抗体は少しは健常者でも産生されていると思われる。従って、測定感度が上昇すればするほどカットオフポイントの設定が難しくなる。しかも、TPOAbの抗体価自体は、病態に直接的な意義を持たないものである。TPOは分子量10万強の大きな蛋白酵素で、抗原決定基も分子上に多数存在する。多様な抗体が産生されるが、抗体の作用でTPO活性が阻害され、ヨードの有機化障害をおこすものもあろうが、TPOは主として細胞内に存在しており、抗体の影響を受けがたい。今後の検索によって、病態特異的(ヨードの有機化障害やより直接的に細胞障害性を反映するもの)な抗体活性が測定できるようになることが期待される。
 

  11)マイクロゾームテスト
 (Anti-M:anti-thyroid microsomal antibody by passive agglutination;PA)

 TPOAbが測定されるまでは、甲状腺の細胞質成分(主としてマイクロゾーム)を認識する抗体をまとめて測定していた。当初血球凝集反応を用いるキットが使用され、MCHAと呼ばれることがあったが、現在ではラテックス粒子が用いられており、MCHAは正しくない。筆者はAnti-Mと呼ぶ。この抗体価はTPOAbと良く相関し、TPOで吸収すると活性の大半が消失する。しかもTPOAbが遥かに感度がよい(Anti-Mは橋本病の80%、バセドウ病の70%程度の検出率である)。しかし、前項で述べたように抗体を感度良く測定することの意義はそれほど重要でないし、さらに、Anti-MにはTPOAb以外に補体結合性を示す抗体が含まれており、これは組織障害性に直接つながるものである。従って、組織障害性のマーカーになる特異抗体が測定できるようになれば、病態との関連が深くなり意義深いと思われる。なお、加齢とともに健常者における検出率は上昇し、60歳以上では女性の15から20%、男性でも5〜10%に見られる。剖検時には約10%には甲状腺にリンパ球浸潤などの炎症所見が見られ、抗体が検出されることは甲状腺における自己免疫反応の存在を裏付けるとは云える。ただし、腫瘍の周辺にも炎症性変化が見られ得るので、抗体の検出と診断を結びつけるのは不適当である。


  12)TgAb(抗サイログロブリン抗体:anti-thyroglobulin antibody)

 Tgは甲状腺特異的蛋白の主たるものであり、分子量も約65万と大きく多様な自己抗体が産生される。最近RIAやEIAを用いる高感度かつ特異性に優れる正確な測定法が開発され、後述のサイロイドテストに比して検出率が大幅に改良された橋本病で80〜95%、バセドウ病で60〜70%)。しかも、橋本病では高抗体価を示すものが多く診断上有用とされるが、前2項で述べた如く抗甲状腺抗体の疾患特異性は乏しい。、ことにTgAbの病態関与度は低いようである。高抗体価を示す患者からの新生児に機能障害や甲状腺の大きさなどの異常は認められておらず、TgAb自体の病因性は乏しく、単に甲状腺における免疫反応の結果を見ているに過ぎないと考えて良い。これは、現在測定されている抗甲状腺抗体全般に共通して云えることである。
 

  13)サイロイドテスト(anti-Tg (PA)Ab)

 マイクロゾームテストと同時に開発された甲状腺可溶性成分(Tgが主)に対する受け身凝集反応(passive agglutination)による抗体測定である。本法は感度が低く、しかも本法で陽性の血清はほとんど全てがマイクロゾームテストで陽性になる(用いられる抗原物質にTgが混在しており、Anti-Tgも検出されうる)ことから、この測定の意義は乏しいと思われる。ただし、一般的には両PAテストを同時にオーダーすることが多い。
 

  14)Tg(サイログロブリン:thyroglobulin)

 甲状腺構成蛋白の主たるもので、濾胞中のコロイドの主成分である。TSHなどの刺激があるとコロイド小滴として甲状腺細胞内に取り込まれ、ここで水解を受けて結合している甲状腺ホルモンを放出する。一部は分解されないままで血中に漏出し、健常者でも若干のTgは血中に存在する(30ng/ml以下程度)。甲状腺腫瘍の場合には、正常部の破壊に加えて分化したものでは腫瘍からTgが産生され血中濃度が上がる。バセドウ病やホルモン合成障害(Tg形成不全は除く)、さらに可逆性機能低下症などでは過剰刺激で血中Tg濃度が上昇する。一方、亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎(多くの場合自己抗体があるので、Tgは正しく測定できない)などで甲状腺の破壊が起これば、Tgが漏出し高値を示す。機能障害を伴う場合のTg測定は、亜急性甲状腺炎では診断や病期の判断上有用であるが、それ以外では余り重要ではない。バセドウ病の寛解判定に有効とも云われるが、多くの場合自己抗体があり一般的ではない。自己抗体が存在すると、異常な測定結果が得られ、方法によって低値または高値にずれる。

 Tgは、やはり腫瘍マーカーとしての意義が主である。図3-4に示す如く、Tg濃度は腫瘍の良・悪性に関わらず多くの場合上昇し、腫瘍マーカーとなりうる。腺腫様甲状腺腫でも上昇する。即ち、腫瘍マーカーではあるががんマーカーとは云えない。従って、Tg値を診断に利用することは正しくない。ただし、甲状腺がんの治療経過の判定上は極めて有用である。図3-5は分化がん手術後の成績をまとめたもので、全摘が行われ転移のない場合は低値を示し、転移が確認されているものは転移部位によらず高値を示す。図3-6は治療経過を示すが、全摘術を受けて再発や転移のない場合はTgは正常化するが、Tgが高値で持続するものは転移・再発が見られ良いマーカーとなる。部分切除例は、一般にがんの程度が軽いもので、Tgも術後正常化するものが多いが、一部には高値を示し、転移・再発が認められる。分化がんで転移巣が明らかな場合、甲状腺を全摘し、131I大量療法が行われ、転移巣の治療にも有効であるが、この効果判定上もTgが最も良い指標となる。ただし、治療経過中に分化度が低下し、未分化がんになるとTg産生能も低下するので注意を要する。この様な場合は131I集積能も低下し、予後不良である。
 

図3-4 正常人及び結節性甲状腺腫患者における血中サイログロブリン(Tg)濃度
図3-6 甲状腺分化型21症例における手術及び131I大量投与療法前後における血清サイログロブリン(Tg)濃度の経時的変動
図3-5 分化型甲状腺癌で甲状腺全摘術を受けた患者の血中サイログロブリン(Tg)濃度


  15)カルシトニン

 傍濾胞細胞から産出され、血中カルシュウムを低下させ骨に集積させる作用を持つホルモンである。甲状腺髄様がんにおいて上昇し特異的なマーカーとなる。疾患の項で述べたように、患者の診断上の意義とともに、MEN2型およびFMTCの家系例の発症前診断に用いられる。ペンタガストリンやカルシュウム負荷後の測定が有効である。ただし、最近では原因遺伝子であるRETの変異をPCRで検索することが可能になり、発症前診断におけるカルシトニン測定の意義は少なくなった。

B.In vivo検査

   甲状腺に関するIn vivo検査も診断上重要であり、主要なもののみについてポイントを述べる。


    1)超音波検査(エコー:echogram、ultrasonogram)

 結節性甲状腺腫の診断上不可欠のものであり、広くルーチン的に利用されている。ことに結節が嚢胞性か充実性かを見るのに有効であり、腫瘍の可動性や周囲の状況、さらに石灰化の状態などからある程度良・悪性の鑑別にも有効である。ただし、嚢胞中の小腫瘍ががんであることも少なくなく、エコー検査のみで良・悪性を決めることはできない。びまん性甲状腺腫や亜急性甲状腺炎の診断にも有用で、ことにドップラーエコーは甲状腺内の血流の観察により、バセドウ病と無痛性甲状腺中毒症(亜急性甲状腺炎は独特の低エコー像から診断可能)の鑑別に有効である。また、甲状腺の容積を本法で算出することが可能であり、治療経過の判定に用いられる。正常と思われる甲状腺にもエコー検査で小嚢胞を検出することも少なくないが、径5mm以下のものは原則的に精査の対象としなくて良い。

    2)穿刺吸引細胞診(fine needle aspiration biopsy:FNA)

 FNAは、エコー検査とともに結節性甲状腺腫の診断に不可欠のものであり、甲状腺の局在から容易に実施でき、極めて有効である。結節を認めた場合良・悪性の鑑別が最大のポイントであり、FNAの利用によってこれが可成りの信頼度で可能となった。ことに、甲状腺に多発する乳頭がんは、細胞配列の特殊性、核の形態、核内封入体の存在などから診断確定できる。未分化がん、髄様癌、悪性リンパ腫、亜急性甲状腺炎、橋本病などもFNAが診断上有効である。問題は、良性甲状腺腫と濾胞がんの識別であり、一般的にはFNAで診断困難な場合も多い。屡々濾胞性腫瘍クラス3と判定される。この様な場合、またクラス2と診断された結節についても、6カ月くらいで再検することが望ましい。最近エコーガイド下のFNAが可能になり、一層的確に腫瘍を穿刺できるので小腫瘍においてはことに有用である。

  3)123I または99mTcO4-摂取率検査(thyroid 123I、99mTcO4-uptake)

   甲状腺は、血中からヨードを能動的に摂取して甲状腺ホルモンを合成する。放射性ヨード(またはテクネ)を投与し、甲状腺への集積を見ることによって、甲状腺の活動状態が分かる。血中のホルモン濃度の高低は結果であり、その理由を知るには不可欠な検査である。ことに甲状腺ホルモン上昇を認めるバセドウ病と破壊性甲状腺炎の鑑別には最も有効な検査である。前者は高値を示し、後者はTSHの抑制と組織破壊により極めて低値をとる。また、機能低下症についても可逆性か不可逆性かを判定するには摂取率検査が有用で、前者は一般的に正常または高値を示し、後者は低値に留まる。ことに、TSBAbによる機能低下症は摂取率低値である。最近ではRIを用いるため特別な施設や高額な機器を要すること、In vitro検査が充実したことなどから摂取率検査を割愛する傾向があるが、早く正診するには必要な検査である。
 また、バセドウ病の寛解判定にはT3投与前後の抑制の有無を見ること(T3抑制試験)が現在でも最も有効な指標である。さらに、ヨードの有機化障害の確定にはロダンカリまたはパークロレイト投与による放出試験が用いられる。

  4)シンチグラム

   123I または99mTcO4-投与後に甲状腺部をスキャンすると甲状腺の機能的形態が分かる。結節部が過機能を示す中毒性結節性甲状腺腫では結節部のみにRIが集積し、hot noduleを示す。多くの腫瘍では結節部の機能は乏しくcold noduleとなる。舌根部などの異所性甲状腺の診断にも不可欠である。
 甲状腺腫瘍の良悪性の鑑別に201Tlシンチが有用であり、ことに投与直後よりも投与後1時間の集積が有効とされるが、十分なものではない。ただし甲状腺がんの転移巣がヨード集積能を持たない場合には201Tlシンチによる検索が有効である。悪性リンパ腫や未分化がんでは67Gaシンチが有効であるが、分化がんにはほとんど集積しない。分化がんの転移の検索には、甲状腺全摘後の放射性ヨード(131Iまたは123I)シンチグラムがことに有用で、集積を認めれば131I大量療法の適応となる。 髄様がん、ことにMEN2型の場合、131I-MIBGによるシンチが有効で、集積を認めればこの大量投与による治療も考えられる。

  5)CTおよびMRI

   CTは優れた画像を提供することから汎用されているが、甲状腺に関してはエコー検査の方がいろいろな角度から観察できるし、簡便であり、微小病変が検出でき、さらにCTではヨード剤による造影が必要であるが不都合な場合もあり、一般的にはエコーが優位にある。ただし、エコーは深部の情報が乏しいので、がんが疑わしい場合には甲状腺周辺の状況や気管、リンパ節などの観察にCTを実施する。また、胸部CTに際して甲状腺の異常が検出されることも稀ではない。
 MRIは画像的に優れるが、一般的には不要である。がんの術前に実施すればリンパ節や血管の状況について有益な情報が得られる。なお、バセドウ病眼症(眼球突出)の診断には、CTことにMRIが外眼筋の腫大や球後部の観察に好適である。
 以上、甲状腺検査について項目別に述べたが、一人の患者を診断するに当たっては、どれだけの検査が必要十分かが肝心である。これらについては項を改めて後述する。


4.甲状腺疾患診療上のポイント


 前3項に述べた如く、甲状腺に関する知見は分子生物学的なものを含め、ほぼ完成に近づいており、表4-1に示す如く関連遺伝子もほぼ出そろったといって良いところまで来ている。そうは云っても、これらの知見が大幅に臨床成績を改善するにはいたっておらず、日常臨床にはまだ余り役立っていないのが現状である。今後は、遺伝子研究の成果を中心に診療が進められるようになるであろうことには疑問の余地もないが、今のところは従来からの臨床的観察に基づく診療が主流であり、それで大きな不都合は生じない。本項では、一般医家が甲状腺疾患者を診療する上で参考にすべきポイントを示し、日常のご診療の一助になれば幸甚と考える次第である。


表4-1 甲状腺に関する分子生物学的知見
遺伝子  疾患
視床下部レベル
TRH遺伝子のプロモーター TRH単独欠損症
TRH遺伝子
下垂体レベル
下垂体特異性プロモーター(Pit−1)   汎下垂体機能低下症
TRHレセプター
TSH遺伝子 TSH単独欠損症
甲状腺レベル
甲状腺特異性プロモーター 甲状腺機能低下症
(TTF−1、TTF−2、Pax−8)
TPO遺伝子 ヨード有機化障害
サイログロブリン遺伝子 ホルモン合成障害
TSHレセプター遺伝子 遺伝性亢進症・低下症  
プランマー病
NaIシンポーター ヨード摂取障害
Gs−alfa遺伝子 プランマー病
RET遺伝子 髄様がん、MEN−2
末梢レベル
TBG遺伝子 TBG欠損症・過剰症
甲状腺ホルモンレセプター 甲状腺ホルモン不応症


A.初診時におけるポイント

  1)どの様なときに甲状腺異常を考えるか?

 一般診療で既に常識的なことであるが、簡単に紹介する。

(1)前頚部腫瘤(甲状腺腫)

   甲状腺が全体的(びまん性:diffuse)または部分的(結節性:nodular)に腫大した状態を甲状腺腫(goiter)というが、何をもって腫大とするかは必ずしも明確ではない。成書によれば健常者の甲状腺は触知しないと記載されているが、これは正しくなく、健常者の甲状腺は全て触知可能であり、横径(甲状軟骨下縁あたりでの計測)は成人女性で2.9〜3.3cm、男性で3.0〜3.5cmほどである。従って、甲状腺を触知しなければ即異常(形成不全または萎縮)といって良い。上記より大きいものがびまん性甲状腺腫となるが、一般的には嚥下運動に連動する前頚部の腫脹(七条分類1度)を認めるということで良いと思われる。結節性腫大については、長径1cm以上であれば触知可能であり、深部のものでなければ見える。エコー検査が普及し、最近では5mm以下の結節や嚢胞も容易に、かつ高頻度に検出されるが、これらを精査することは一般的には不要であり、数カ月から1年後にエコー検査を再実施して増大の有無を観察するのでよい。

(2)機能異常を思わせる臨床症状

表4-2 甲状腺機能異常を思わせる臨床症状
機能亢進症状   機能低下症状
問診より
動悸・息切れ全身倦怠
体重減少浮腫(粘液水腫)
便通頻数便秘・食思不振
微熱寒がり
診察時所見
眼球突出顔面浮腫
汗かき着衣多い
いらいらのろのろ
早口で多弁嗄声でゆっくり
理学所見
頻脈 徐脈
皮膚湿潤・暖皮膚乾燥・毛髪粗
手指振戦争腱反射の弛緩遅延
 問診時、診察時および理学所見に分けて、表4-2に機能亢進と機能低下を疑わせる臨床症状と所見を示した。機能亢進も低下も、典型例では診察室へ入って来たときの様子や顔貌などから容易に診断できるほどである。しかし、初診時に疑われないと、ことに低下症は、正診されるまでに遠回りすることが少なくない。低下症が疑われたときには、深部腱反射の弛緩相の遅延を観察することが、他の疾患異常では見られ難い所見であり、鑑別上有用である。

(3)一般検査データで甲状腺機能異常を考えさせるもの

 周知の如く、バセドウ病ではT-cholの低下とAl-Pの上昇が特徴的である。Al-Pは骨型が主であり、長期の機能亢進の結果を示し、破壊性甲状腺炎による中毒症では上昇しないことも少なくない。なお、Al-Pはバセドウ病で抗甲状腺剤投与後に一時的にかえって上昇することが多いので、薬剤による肝障害と誤られることもあり注意を要する。初診時にはバセドウ病患者の約35%にGOT、GPTの軽度上昇を認め、他にも異常値を示すものもあるが、これらは診断上の特異性に乏しい。
 橋本病を含む低下症では高γグロブリン血症があり、これに伴ってZTT(TTT)の上昇、赤沈の亢進が見られる。ことにZTTは住民健診に利用されることも多く、この異常を肝障害と誤られる場合が少なくない。低下症でT-chol、CPK、LDH(GOT)などが上昇することは良く知られており、これらから本症を疑われる場合も多い。なお、CPK以下の筋由来の酵素値は安静によって低下すること、また下垂体性の低下症ではT-cholが上昇しがたいことは注意を要する。心電図の低電位、X-P上の心陰影拡大、心エコーでの心嚢液貯留なども低下症を想起すべき重要な情報である。

(4)臨床経過から甲状腺異常を思わせるもの

 バセドウ病が洞性頻脈や心房細動の原因であることは少なくない。入院患者では、脈拍数/体温の比の上昇から体温表上で脈拍の線が体温より1スパン以上上位に位置していることが多く参考になる(図4-1)。食欲があって体重が急速に減少する場合、悪性疾患よりはバセドウ病または糖尿病を考えるべきである。発症時には1〜2カ月で10Kgを越す体重減少が稀ではない。
 亜急性甲状腺炎はしばしば誤診される。これは疼痛の部位が前頚部に限局せず、側頚部、肩、下顎部、項部、背部などへ放散するためで、脳脊髄膜炎と診断された例もある。本症では、発熱のわりには全身倦怠の訴えが強く、甲状腺中毒症併存のためと思われる。
   甲状腺機能低下症は心嚢液貯留の主要な原因疾患であり、TSHが50mIU/Lを越す場合にはほとんどの例に貯留が見られる。なお、強心剤や利尿剤には反応が乏しく、甲状腺剤の投与によって初めて吸収される。同様に、正球性正色素性貧血も多く見られ、鉄剤には反応しがたい。痴呆症、浮腫、胃腸障害などの鑑別上も本症が注目される。

2)初診時に注意すべきこと

 初診時に何を聞き、何を診、何を検査するかについて述べる。

(1)問診上のポイント

   甲状腺疾患の家族歴を尋ねるのが習慣になっているが、これはあまり診療上役には立たない。ただ、バセドウ病の家系例では発症年齢が下がってくる傾向があり、若年発症例を診た場合は家族の状態を聞くことから、親や祖母などに本症を発見できることがある。また、学齢期のバセドウ病患者ではほとんど例外無く学業成績の低下がみられる。これは病気のせいで、治療すれば成績が向上することを知らせることは、本人、ことに親の心情上有用である。
 最近の出産、流産歴は、破壊性甲状腺炎による一過性中毒症(2〜3カ月後)および一過性低下症(5〜10カ月後)診断の参考になる。ウィルス性肝炎などに対するインターフェロン療法も、治療中または直後に破壊性甲状腺炎を起こすことが多い。治療前に抗甲状腺抗体があったり、甲状腺腫や機能異常がある場合には発症が早く、中毒症を呈さず低下症で始まることが多い。本邦の特殊性として、一過性、可逆性甲状腺機能低下症としては破壊性甲状腺炎によるものよりも、ヨードの過剰摂取に基づくものが多く注意を要する(全低下症の1/3に上る)。最近ではヨード含有食品は健康食の一つとして賞用されており、以前よりも一層注目すべきである。低下症が疑われる場合には、ヨードの嗜好状態を尋ねることが不可欠である。
 診療をスムーズに運ぶためには、バセドウ病患者に挙児希望の有無を尋ねることは有用である(理由については後述)。また筆者は、結節性甲状腺腫の患者に細胞診(多くの場合、初診時に外来で実施する)を実施する前に、がん告知の是非を尋ねている(細胞診で確診される)。希望のある場合には正しく告知を行い、以後の治療や予後を患者に十分理解してもらって、相互の協力の下に診療を進めている。幸いなことに、甲状腺がんは一般的に予後が極めて良好であり、告知もやり易い。

(2)理学的所見のポイント

図4-1 1971年から1974年8月までの京大病院における甲状腺疾患 新患者1193例の疾患分布
 甲状腺腫の性状を正確に診ることは当然のことながら重要である。びまん性腫大でも、バセドウ病の甲状腺は下膨れで厚ぼったく、血流が豊富であり毛細管拍動を触れる。一方、橋本病(破壊性甲状腺炎を含めて)の場合は細長く腫大し、先端部がやや結節状を呈し、軽い圧痛を認めることが多い。結節を診た場合には、傍気管部を含めた頚部リンパ節腫脹の検索が悪性甲状腺腫の診断上重要である。結節による気管の偏位は良悪性の鑑別には無効であり、小さな嚢胞でも容易に気管は圧排される。深部腱反射の観察が低下症診断上有用であることは既述した。
 以下に参考までに1971年から74年に亘る3年あまりの間の京大病院の甲状腺疾患者のデータを示す。図4-1は疾患分布を示し、バセドウ病が35.6%と最多で、橋本病が22.2%であった。ただし、最近では単純性甲状腺腫の大半は橋本病と考えられており、受診者中でも橋本病がバセドウ病を上回ると思われる(医療施設を訪ねない軽症者を含めると橋本病が圧倒的多数を占める)。結節性甲状腺腫が全体の約1/4を占めるが、その内訳は腺腫様甲状腺腫を含む良性腺腫が18.1%、がんが8.3%に見られた。がんの比率が高いのは大学病院の特殊性と思われる。原発性機能低下症や亜急性甲状腺炎は、それぞれ約1%程度である。図4-2は疾患毎の性別および性比を示す。男性ではバセドウ病とがんが多い。性比(女/男)を見ると、橋本病は13.1と高値を示すが、バセドウ病は2.7、がんでは1.5に留まっている。注目すべきことは、甲状腺機能低下症の性比は2.0であり、主たる原病の橋本病の女性優位と大きく異なることである。男性は橋本病になりにくいが、罹病した人は高率に低下症になることが伺われる。図4-3は疾患毎の年齢分布を示す。バセドウ病は20歳代にピークを示すが若年や高齢者にも見られる。橋本病は中年以降に多いとされていたが、20歳代にもピークがあり、単純性甲状腺腫のデータを勘案すると若いときから甲状腺腫が存在することが伺われる。がんはやはり高齢者に多く、亜急性甲状腺炎も若年者が少ない。図4-4は甲状腺腫の性状を示す。バセドウ病はびまん性で軟らかいものが多いが、一部には硬いものや多結節性のものがあり、長い経過により炎症性変化が加わるためと思われる。橋本病でも軟らかいものや多結節性のものが見られ、疾患と甲状腺腫の性状を1:1に対比することは不当である。ただし、がんは硬い結節か多結節性である。


図4-2 甲状腺疾患毎の性別分布及び性比
図4-3 各種甲状腺疾患における年齢分布
図4-4 各種甲状腺疾患における甲状腺腫の性状


(3)初診時に何を何処まで検査するか?

 初診時の診断は、甲状腺中毒症(亢進症)、機能低下症、びまん性甲状腺腫、結節性甲状腺腫にほぼ大別される。この様な診断を下したときにどれだけの検査を行っているかについて、日本甲状腺学会の評議員にアンケート調査を行った結果の一部を示す。
 表4-3は2項目の検査に限定した場合の選択率を示す。中毒症、低下症、びまん性甲状腺腫のいずれにおいても、1位はTSH、2位はFT4となっており、これらでは機能状態の把握が優先し、この2項目が最適であることを示している。約3年前のデータであり、FT4の信頼度が低いことを懸念して、FT4よりもT4を選んだ人が少なくなく、これを合わせるとバセドウ病および低下症ではTSHに近い数字となっている。びまん性甲状腺腫では抗体が機能に次いでいる。興味深いというか当然というか、結節性甲状腺腫では先ずエコーが、次いで細胞診が選ばれ、これらが機能より優先することが明らかである。回答者は疾患毎に約7項目程度の検査をオーダーしているが(データ提示せず)、検査項目の必要度が高い順位は表4-4の如くであった。亢進症では3位にTBII(TRAb)、5位に摂取率検査が入り、バセドウ病と破壊性甲状腺炎による中毒症の鑑別が注目されている。低下症では自己抗体が上位に入り、可逆性低下症の鑑別に必要な摂取率検査は下位に留まっている。結節性甲状腺腫では、5位までに細胞診とTgが入っており、これらの必要度が高いとされる。回答者の意向や施設の関係があり、これが好適とは云えないので、筆者の私見でこれら4疾患群の初診時検査をまとめたものを表4-5に示す。



表4-3 甲状腺疾患初期診療検査:2項目選択時の上位5項目
表4-4 甲状腺疾患初期診療時検査必要項目


表4-5 4疾患群の初診時に必要な検査
亢進症:TSH、FT4、TBII、T3、摂取率検査、anti-M、(エコー)

低下症:TSH、FT4、anti-M、摂取率検査、エコー、T3

びまん性甲状腺腫:TSH、FT4、anti-M、anti-Tg、T3、エコー

結節性甲状腺腫:エコー、細胞診、TSH、Tg、FT4、シンチグラム



B.疾患診療上のポイント

 主要な甲状腺疾患を持っている患者を診療するに当たって、知っておれば都合がよいと思われる事項をポイント的に紹介する。これら以外にもいろいろと問題はあると思われるが、紙数の関係から割愛する。

  1)バセドウ病

 バセドウ病はTSHレセプター抗体の産生を中心とする自己免疫疾患である。この免疫反応は一般に一過性のものであり、治療(または自然経過)によって病態は寛解する。治療には抗甲状腺剤、手術および131Iの3主要療法があるが、現在本邦では後二者の利用が減り、患者の98.6%に抗甲状腺剤が投与されている(図4-5)。以下、いくつかポイントを搾って述べる。

図4-5 日本甲状腺学会評議員90名の回答によるバセドウ病3主要治療法の選択比率


(1)TSHレセプター抗体(TRAb)を何時、何を意図して測定するか?

 TBII、TSAb、TSBAb(低下症が主)の3抗体が測定されるが、現時点でどの様に利用すべきかを表4-6にまとめた。なお、個々の抗体測定の意義については前項(3.甲状腺に関する検査)に詳述したので参照いただきたい。

表4-6 When to measure TRAbs?
1)バセドウ病を診断するとき(TBIIまたはTSAb)

2)抗甲状腺剤投与1年後に治療効果を判定し、以後の方針を立てるため(TBII)

3)機能正常な眼症に際して、甲状腺との関連を知るため(TSAb)

4)臨床所見が曖昧で摂取率検査が行えないときに、甲状腺中毒症をバセドウ病と診断するため(TBII、TSAb)

5)機能低下症をさらに分析するため(TSBAb、TBII)

6)過去または現在自己免疫性甲状腺疾患を持つ妊婦に対し、出産後における本人および新生児の異常を推定するため(TSAb、TSBAb、TBII)



 TBIIおよびTSAbはバセドウ病に特異性が高く、検出率も高く診断上有用であることは周知の如くである。抗甲状腺剤投与中に抗体価は減少する。治療効果がよいときには大体1年後までにほぼ正常化する。従って、この時点でTBII(TSAbは感度に優れ、陰性にならないものが多いし、寛解の判定にも不都合である)を測定し、なお高値を示す場合は投与量が不足でないか、服薬は正確に行われているかを検討する。不足の場合は増量する。腺腫が大きく、日常生活に支障を来す臨床症状があるときには、他療法への変更を考える。バセドウ病眼症ではTBIIは正常乃至低値を示すが、TSAbは亢進時に近い高率かつ高値を示す。破壊性甲状腺炎とバセドウ病の鑑別には摂取率検査が有効であるが、TBII、TSAbも特異性が高く有用である。機能低下症の一部にはTSBAbによるものがあり、これを鑑別することは診療上有用でありTBIIで代用できる。妊娠中にTRAbの抗体価が高いときは、出産後新生児に機能障害を来し得る(TSBAb、TBII:一過性機能低下、TSAb:一過性機能亢進)し、TSAb陽性妊婦は出産後にバセドウ病を発症しやすい。

  (2)バセドウ病の抗甲状腺剤療法のポイント

 図4-5に示した如く、本邦ではことに最近では抗甲状腺剤療法が広く実施されている。
しかも、欧米では抗甲状腺剤療法に際して一定のプロトコールの下に1年から2年くらいの画一的治療が行われ、そこで治療を中止している場合が多いが、本邦ではより長期的な治療が一般的と思われる。筆者は、バセドウ病の治療の現状、さらにT4併用療法の意義を明らかにするため、日本甲状腺学会評議員に対するアンケート調査を行った。図4-5もそのデータの一部であるが、以下にいくつかのポイントについて紹介する。

  1 本邦バセドウ病患者に対する抗甲状腺剤の効果

 欧米に比して有効性が高いと考える人よりも効果が乏しいとする人が多く、これは環境的要因を含めた人種差に由来すると考えられている。環境的要因としては、本邦の大きな特徴としてヨード(海草類、昆布だし)の過剰摂取が注目される。関西、ことに近畿圏では昆布だしが愛用されており、影響も大きいと思われる。ヨードの一日必要量は約200ugであるが、本邦では平均摂取量が2mg/日を越しており、ことに最近は健康食品の一つとして賞用されて一層増加しており、1日量が10mgを越すことも稀ではない(京大病院普通食の分析から)。抗甲状腺剤の効果が乏しいことの最大の理由と考えられ、患者にヨード摂取制限を指導していると答えた人が約半数を占めている。特に指導していない人も半分あるが、過剰摂取を勧める人は外科医1名のみで、これは手術の関連による特異なものであろう。
 抗甲状腺剤の効果が乏しいことを裏付けるものとして、回答者90名のうちに一人も一定のプロトコールによる治療を実施している人はなく、より長期的な、しかも患者個々に対して画一的でない治療が行われている。

  2 バセドウ病寛解の指標とT4併用療法の意義

 抗甲状腺剤を徐々に減量し、最少の維持量を継続しつつ寛解を待つが、何を指標として治療を中止しているかを表4-7に示した。TBII(TSAbは不適当)が消失し、維持量下でTSHが正常に検出されることが必要条件であるが、これだけを指標として治療を中止した場合の再発率は5年後までに30%以上に上る。臨床的には甲状腺腫が縮小することが重要な指標となり、これを加味すれば再発率は25%程度と思われる。T3抑制試験は、TRAbよりもTSHが甲状腺機能の主たる調節を行っていることを伺える検査であり、抑制がかかればその時点ではTRAbの支配から解放されている、即ち寛解していると云ってよい。しかし、T3抑制を確認して治療を中止しても約15%には再発が起こる。その時点では寛解していても、例えばウィルス感染などで免疫系が刺激されれば再悪化するわけで、自己免疫という疾患の本質上如何ともしがたいものと言えよう。なお、筆者はバセドウ病の症状と季節の関連を考慮し、寛解の判定は晩秋から早春の間に行い、温暖時には抗甲状腺剤を中止しない。また、中止に際しては少なくとも次の夏を越すまでは厳重なヨード制限を行うよう指導している。抗甲状腺剤でヨードの利用が抑えられているのが、中止後にホルモンの材料が多く摂取されれば不都合と考えている。
表4-7 甲状腺剤療法を中止する理由
 TRAbが消失せず、TSHも低値に留まる場合には抗甲状腺剤を増量するが、増量によってTSHが上昇し、これに反応して甲状腺腫が大きくなることが屡々経験される。筆者は、甲状腺腫がある程度大きくてTRAb陽性、TSHが高値の場合、十分量の抗甲状腺剤を投与するとともに、25〜50ugのT4(チラージンS1/2錠、1錠)を併用してTSHの上昇、ひいては甲状腺腫の増大を抑える。図4-6はアンケートの回答から抗甲状腺剤とT4の併用療法の現状を示したものであるが、8%の人はルーチン的に実施、58%が症例を選択して実施している。一方、21%の人は併用療法を行っておらず、また、12%は過去には行ったが中止したと答えた。中止の理由は無効であった(TRAbの消失および寛解の誘導に)とするものが多く、不都合との回答もあった。寛解の誘導への効果は疑問であるが、甲状腺腫の腫大を抑える意味で筆者は併用療法は有効と考えている。
 1991年信州大の橋爪らは、抗甲状腺剤療法の画期的成績をNew Engl J Med(324:947-953)に発表した。簡単に紹介すると、先ず6カ月間メルカゾール6錠を投与し、次いで2錠に減量するとともに、チラージンS2錠(100ug)を併用し1年間続ける(計1年半)。ここでメルカゾールを中止し、以後3年間に亘ってチラージンS2錠のみを継続した。この結果、4.5年後の時点で再発例は60中1例のみで、チラージンでなくプラセボを投与した群では49例中17例が再発した。TRAb(TBII)においてもT4投与群が2.1+1.2%であったに対し、プラセボ群は17.3+5.8%と有意に高値であった。この発表は大きな反響を呼び、欧米ではいくつかの追試が行われたが結果は良くないとするものが多く、本邦でも同様の試行で有効でなかったと報告されている。今回のアンケートの回答者でもこの方法を支持する人の比率はかなり低かったし、筆者はこのプロトコールを積極的に追試する意志を持たない。その理由は、6カ月間メルカゾール6錠を継続すれば全例低下症になり不都合であること、チラージンS2錠では甲状腺ホルモンレベルが正常以上に上昇するし、抗甲状腺剤中止後3年間もの投与は再発誘導のリスクが高く、到底実施できないと思う。
図4-6 バセドウ病に対する抗甲状腺剤とT4(T3)の併用療法の経験
(日本甲状腺学会評議員アンケート調査から)


 TRAbが低値または陰性になり、TSHも検出されるが、甲状腺腫がなお大きく、T3抑制がかからない症例が一部にある。何故甲状腺腫が残存するかは不明であるが、この様な甲状腺腫には毛細管拍動を触知するものが多く、血流の増加が伺われる。佐藤らは甲状腺細胞をTSHやTSAbで刺激すると血管上皮細胞増殖因子(VEGF)やそのレセプター(flt)のmRNAの発現が増加することを報告したが、この様な機序が関与していることが考えられる。筆者はこの報告を評価し、VEGFやfltのmRNA発現を抑制するべくステロイド剤の短期投与を試みた。即ち、維持量の抗甲状腺剤とともに、リンデロンを1.5mg(3錠)2週、1mg2週、0.5mg4週、0.25mg4週の3カ月投与を試行した。少数例の経験ではあるが、甲状腺腫の明らかな縮小が全例に見られ、試行直後に寛解を確認したものも一部にあり、副作用はほとんど見られず、ケースを選んで試みるに値する方法と思い紹介した。

(3)バセドウ病の手術療法と131I療法の適応

 表4-8に示すような理由で抗甲状腺剤から他療法に変更されるが、手術を選ぶか、131Iを用いるかには若干の差異がある。
 アンケートの結果からも、最近手術療法の実施が減少傾向にあり、今後も一層の減少が予測されている。これは、患者が外科的処置を嫌うことが主たる理由ではなく、安全性・有効性に疑問があることが専門医の間で注目されている。種々の術後障害もさることながら、術後の機能低下症が従来報告されている(約10%程度とされていた)よりは多いし、再発も少なくはない。筆者は、若い人で抗甲状腺剤の短期治療で寛解が望めず、社会生活(スポーツなど)が制限されるような場合には、1〜2年の治療後に手術を積極的に勧めている。多くの人、ことに女性は最初は強く抵抗するが、将来の妊娠・出産へのバセドウ病の影響を説明することによって概ね了承される。手術を受けた人は、仮に低下症に陥っても、手術したことを喜ぶ人が圧倒的に多く、病気を抱えながら社会活動を活発に行うことが、我々の予想以上に苦痛であることが伺われる。維持量の抗甲状腺剤投与下でよいコントロールにあっても、1〜2カ月毎に医家を訪れ、高価な検査を受けねばならないことも、患者にとってな経済的にも時間的にも大きな負担であろう。
 131I療法も一時(昭和30年代後半の頃は、京大病院ではバセドウ病患者の90%くらいが131I療法を受けていた)に較べると著減しているが、回答者の多くが今後は増加するとの予測を示している。現に、米国では患者の約70%が本法で治療されており、安全性と経済性が高く評価されている。ただし、131I療法では晩発性機能低下症が10年後で約1/3に見られることと、本邦の一般通念としての核アレルギーが強いことから患者に納得してもらうのが容易ではない。筆者は、131I療法を緊急避難的なものと考え、抗甲状腺剤の副作用例、中年以降で甲状腺腫が大きく早急な寛解が望めない場合に、低下症は覚悟してもらった上で投与している。なお、本邦で現在までに本療法を受けた患者は7〜10万人くらいと思われるが、白血病が少なくとも6例に発生している。この数値は自然発生と変わらないとされるが、ほとんどの例が投与後1年以内に発症し、しかも急性白血病であるので無関係とは云えない。当然のことながら、妊娠・授乳中の婦人への投与は禁忌である。若年者への投与は、本邦では優れた外科医が多く手術が優先するが、米国では安全性を評価して10歳代の患者にも積極的に本療法が実施されている。
 本邦では、ことに最近、バセドウ病患者に対して漫然と抗甲状腺剤を投与している傾向が強く、患者もそれで何となく納得している。しかし、医療経費の高騰が注目されていることでもあり、また、患者のメリットを考えて、今後はもっと短期で病気から解放する方向が求められると思うし、そのように努力すべきであろう。

表4-8 抗甲状腺剤療法から他療法へ変更する主要な理由
1.抗甲状腺剤の副作用 99%
2.患者の年齢及び社会的背景 57%
3.甲状腺剤の効果不十分 52%
4.規則的に正しく服用できない 45%
5.甲状腺腫が縮小しない 42%
6.TRABが高値で持続 27%


(4)バセドウ病と妊娠・出産

   バセドウ病患者、ことに適齢期の婦人の診療においては、妊娠・出産が重要な問題であり、正しい知識を持って対応することが必要である。

1 バセドウ病患者は受胎しにくい

 未治療のバセドウ病患者には生理不順や過少月経が見られ、受胎しにくい。男性不妊もある。従って、挙児希望のある患者は一般に受胎調節は行っておらず、治療開始早々(抗甲状腺剤大量投与中)に妊娠することが少なくない。抗甲状腺剤の大量投与は、動物実験では催奇性が知られており、患者にとっても、医師にとっても悩ましいことである。問診で挙児希望の有無を尋ねることの必要性はここにある。本邦では伊藤病院の多数例の統計から、常用量(初期投与量を含めて)の抗甲状腺剤には問題がないと報告されているが、従来からバセドウ病患者の子供に奇形率が高いことが知られている。筆者は、挙児希望を確認した場合、治療早期の妊娠を控え、抗甲状腺剤3錠/日以下に減量してから受胎を予定するよう指導している。

  2 妊娠中の管理

 バセドウ病患者の胎児喪失率(流産・死産)は25%とされ、対照の8%の約3倍とされる。マイナーなものが多いが児に奇形が見られる率も高く、これには抗甲状腺剤の影響よりも機能異常の影響が関与すると考えられる。機能亢進は勿論、(治療による)機能低下もよくないとされ、妊娠時、ことに早期の機能管理を的確に行うことが必要である。なお、妊娠初期におけるRI投与は当然禁忌である(後期においては必要なれば短半減期のもの:99mTcや123Iは使用してよい)。

 妊娠中の特徴として、11週頃からTBGが増加する。必然的にT4が上昇し、単独では機能の指標とならない。妊娠時の機能観察には、TSH、FT4、FT3を用いることになる。従来、TBGの増加はFT4濃度を低下させ、妊娠中の機能管理は容易になり、抗甲状腺剤の減量や時には中止も可能になると記載されているが、実際には必ずしも容易になるとは云えず、機能状態を見ながら慎重に対応することが必要である。抗甲状腺剤の投与量については、胎児の器官が完成する20週頃までは大量投与は好ましくないと思われる。初期から慎重な管理が必要な所以である。妊娠後期、ことに出産前には必要十分な抗甲状腺剤を投与して、機能正常下で出産を迎えることが望ましい。後期に初めて機能亢進が発見されたときには、筆者はためらい無く常用量を投与する。なお、妊娠中・後期には胎盤から分泌されるHCGが甲状腺を刺激し、甲状腺腫大や若干のFT4の上昇が見られるが、臨床的に問題になるほどではない。
 妊娠経過中にTRAbを測定しておくことは、出産後の患者および新生児の機能異常を推定する上で有効である。妊娠患者のTRAbは胎盤を通過して胎児に影響をもたらしうる。TSAbであれば機能亢進が、TSBAbの場合は機能低下が、ともに一過性に起こりうる。本邦では後者がより注目され、新生児バセドウ病は少ないようである。また、バセドウ病が寛解状態にある場合でも、妊娠中にTSAb(TBIIよりもTSAbがよい)が検出されれば、出産後にバセドウ病が再発しやすいとされ、出産後の経過を観察する必要がある。

3 出産前後の管理

 出産を間近に控えて高度の機能亢進を認めた場合は、バセドウ病クリーゼに準じて積極的に治療を行う。母体の安全を図ることが肝要であり、やむを得ない場合は児を犠牲にするくらいの心構えが必要である。なお、出産当日におけるβブロッカーの投与は児に呼吸不全(ARDS)を招来する危険があるとされ、控えるべきである。
 一般的に云って授乳は可能である。筆者は抗甲状腺剤2錠/日程度でコントロールされている場合は授乳に支障無いと考えている。ただし、メルカゾールは乳汁への移行率が高く、チウラジールに変更する。勿論、出産時に抗甲状腺剤が大量に投与されている場合には、授乳によって児の甲状腺機能が抑制され低下症になる。出産直後に児の甲状腺機能をチェックして対応すべきである。逆に、児に機能亢進が明らかなときには母親に抗甲状腺剤(メルカゾールがよい)を投与して、授乳を介して治療する。母親に対して過量になるときには甲状腺剤(チラージンS)を併用する。
 出産後の問題点として、母親が児の世話に忙殺され服薬や通院を怠ることが少なくない。
母親には一過性組織破壊やバセドウ病の再発が2〜3カ月後に見られうることを出産前に説明し、正確な服薬と出産2カ月後までの受診の必要性を指導する。バセドウ病の遺伝性も良く尋ねられることである。自己免疫性甲状腺疾患は、患者6〜7人に一人くらい家系例があり、分析すると常染色体性優生遺伝で性に規制されるが穿通は不完全である。現在までのところ、遺伝性要因はHLAを中心に広く検討されているが、単一で明瞭な関連を示唆するものはなく、多因子性と考えられる。従って、遺伝については可能性を否定はできないが、新生児の将来に対して責任を感じる必要はないと云ってよい。

  2)バセドウ病と破壊性甲状腺炎による甲状腺中毒症の鑑別

 亜急性甲状腺炎は発熱や疼痛などがあり、バセドウ病との鑑別が問題になることは少なく、無痛性甲状腺炎が日常診療で問題となる。図4-7は、無痛性甲状腺炎の一般的経過の模式図であるが、急性組織破壊によって甲状腺内の貯蔵ホルモンが血中に流出し中毒症を来す。鑑別のポイントを表4-9に示したが、眼球突出やTRAbはバセドウ病に特徴的である。触診上、甲状腺が下膨れであって毛細管拍動を触れることも診断上有効である。
無痛性甲状腺炎の甲状腺腫は余り大きくなく、細長いことが多い。T3/T4比も参考になるが、やはり鑑別に一番有効なのは甲状腺摂取率検査であり、破壊性甲状腺炎ではTSHが抑制されており、TRAbが存在しないため極端な低値をとる。治療法が大きく異なる(無痛性甲状腺炎に抗甲状腺剤を投与すると、甲状腺機能は急速に低下し、甲状腺腫が軟らかく増大する)ので、鑑別に迷うときには積極的に摂取率検査を行うべきである。検査が実施できないときは、1〜2カ月間無治療で経過を見ることが好ましい。後者では2カ月以上も甲状腺ホルモン濃度の高値が持続することはなく低下してくるし、一般的に中毒症状はバセドウ病ほど強くなくその間βブロッカーのみの投与で支障無い。無痛性甲状腺炎に抗甲状腺剤を投与すると、急速に低下症に傾き、甲状腺腫も著明に腫大する。

図4-7 無痛性甲状腺炎による一過性組織破壊後の甲状腺機能の変動モデル
表4-9 バセドウ病か破壊性甲状腺炎か?
  3)甲状腺機能低下症の診療上のポイント

   現在、本邦で見られる原発性甲状腺機能低下症の約1/2は可逆性であり、永続的補償療法を要しないものである。従って、可逆性のものを正しく見極めることが必要である。
可逆性低下症を来す要因はいくつかあるが、現在最も多いものはヨードの過剰摂取に基づくものであり、問診時に嗜好を尋ねることが重要である。表4-10は、ヨード過剰による一過性低下症を初めて報告した岡村氏の成績を示すが、可逆性低下症の特徴は、甲状腺腫は不可逆性のものよりは大きく、エコーレベルは少し高く、ことに甲状腺摂取率は高値を示す。Tgも高いが、患者の大半は自己抗体陽性であり余り参考にはならない。可逆性低下症として一括したものでも(無痛性甲状腺炎も含めている)海草の過剰摂取者が多く、腎機能低下時にはヨードの排出障害、ひいては血中ヨード濃度の上昇が関与する。破壊性甲状腺炎によるものが次に注目される。図4-7に示した如く、急性組織破壊後5〜8カ月で低下症になる場合が多い。


表4-10 原発性甲状腺機能低下症の臨床所見(田村氏による)
    可逆性 不可逆性
120 133
甲状腺重量(g) 41±37 34±67
エコーレベル 18±6 10±3a
RAIU(%/24h) 50±24 10±11a
サイログロブリン(ng/ml) 834±980 204±363b
非ホルモン性ヨード>50mg/l 55% 31%b
TGHA or MCHA(+) 71% 89%b
TBII(+) 2% 14%a
海藻過剰摂取 30% 17%c
腎機能性障害 20% 9%c
aP<0.001 bP<0.001;andcP<0.005.



表4-11 可逆性甲状腺機能低下症の特徴
甲 状 腺 腫: 中等度以下(小さいものが多い)、かつ、弾性軟。 参考事項:
T4がTSHのわりに低くない。 1.日常のヨード過剰摂取
2.破壊性甲状腺炎の回復期
甲状腺RI摂取率: 上昇傾向が多く、低値は少ない。 1)1年以内の出産、流産の既往
貧血が少なく、指圧痕を残さない浮腫が多い。 2)数ヶ月前に中毒症状が見られる。
3)比較的急な発症
4)IFN治療中、or終了後間もない。



 表4-11は、筆者が考案したより簡明な可逆性甲状腺機能低下症の特徴を示す。甲状腺腫は萎縮性ではなく触知できるが、中等度以下で小さいものが多く、かつ軟らかい。TSHは可逆性のものも高値を示すが、FT4(T4)は不可逆性のものほど低値でない。やはり鑑別上重要なのは甲状腺摂取率で、高値を示すものは可逆性と云ってよい(時には、可逆性で摂取率が正常乃至低値のものもあるが)。低下症の期間が短く、従って貧血やT-cholの上昇が著明でなく、浮腫もかえって指圧痕を残さないものが多い。参考事項については、既に繰り返し述べてきた。TSBAb(一般的にはTBIIで代用可)による低下症の母親から出産した新生児が、抗体の胎盤通過によって一過性甲状腺機能低下を来しうることも既に述べたが、母親由来のIgG抗体は数カ月で新生児の血中から消失する。これを確認して補償療法を中止するが、この病態に医師が気付かねば、新生児クレチン症として半永久的に治療が行われることになり、不都合である。成人でも、TSBAbの消失による低下症の寛解が見られ得る。

図4-8 補償療法を実施した橋本病(甲状腺機能低下)患者の
甲状腺腫の大きさの経時的変化


 不可逆性甲状腺機能低下症には甲状腺腫を触知しないものが多いが、一部には以前に甲状腺腫があったことを問診で確認できるものがあり、また、橋本病として治療している間に腺腫が縮小し消失するものも少なくない(図4-8)。機能低下を示す橋本病で甲状腺腫が増大する場合には、甲状腺にTSH反応性(予備能)が残っていることを示し、(部分的にしろ)可逆性の可能性があると言える。必然的に、不可逆性のものよりは補償に要する甲状腺剤の量も少なくてよい。針生検によって甲状腺組織を採取した甲状腺機能低下症の病理所見の代表的なものを図4-9に 示す。甲状腺腫を触知できないような例ではA型を示し、繊維化が進み、甲状腺濾胞は乏しく、上皮細胞の丈は低く萎縮性病変を呈する。一方、可逆性の場合にはH型を示し、リンパ球浸潤は見られるが、繊維化は少なく、濾胞構造は良く保たれ、上皮細胞は丈が高く増殖性病変を示し、いかにも回復途上を思わせる。橋本病で甲状腺腫を有しながら低下症を示すような場合にはD型が多い。リンパ球浸潤、ある程度の繊維化とともに、濾胞構造も崩れかかってはいるがかなり残存しており、上皮細胞には膨化など退行変性が見られ、A型とH型の中間的所見であるが、一般的に可逆性は乏しいものである。図4-8は、原発性甲状腺機能低下症と診断された症例の甲状腺腫の大きさの経時変化を示し、A型のみでなく、D型の場合も経過中に甲状腺腫が縮小し、触知不能になるものも見られる。H型も機能改善とともに甲状腺腫は縮小する。



図4-9 原発性甲状腺機能低下症の病理所見



  4)結節性甲状腺腫診療のポイント

 表4-12に結節性甲状腺腫診断上のポイントをまとめた。結節性甲状腺腫においては、何はさておいても良・悪性の見極めが肝要であり、初診時における頚部(傍気管部を含めて)のリンパ節の触診が重要である。結節側で、頚動脈の内側、ことに胸鎖乳突筋の内側に硬いリンパ節を複数触知すれば、甲状腺がんが強く疑われる。検査の項でも述べた如く、エコーは結節の有無や性状を見るには好適であるが、腫瘍の良・悪性の鑑別には必ずしも有効ではない。初診時のサイログロブリン(Tg)ががんマーカーにはならないことも既述した。ただし、Tgはがんの治療経過の判定上は極めて有用であり、図 、 にその意義を示したので参照いただきたい。なお、欧米では分化がんに対してほとんど全摘術が施行されているが、本邦では部分摘除に留められるものも少なくない。診断が早く、甲状腺専門外科医の技術もよいので、術後の予後は欧米に優れるとも劣らないと云われるが、時にTgの上昇から転移が後ほど見つかることもあり得る。
 甲状腺分化がんの治療として注目すべきことは、甲状腺全摘後に131I大量療法を行うことによって、転移巣が治療できることである。図2-3にプロトコールを示したが、全摘後4週すると甲状腺機能は低下し、TSHが上昇する。ここで131I5mCi程度で全身シンチを行い、ヨードの集積の有無を見る。甲状腺部に集積がある場合は甲状腺の残存を考え50mCi程度を投与して、先ず残存甲状腺の破壊を図る。頚部の集積が少なく他の身体部位に強い集積を認めれば100〜150mCiを最初から投与する。投与後2週くらいからT4による補償を行う。約5カ月後に、T4を中止し、T3を2週間投与し(T4の低下に有効)、その3週後にTSHの上昇を確認して全身をスキャンする。異常集積を認めれば大量療法を行う。このサイクルを繰り返して、異常集積がなくなるまで行う。
 図4-10は、本邦での131I大量療法第一例(と思っている)の頚部から胸部のスキャン像であるが、両肺部に著明なRIの集積が見られた(胸部写真では粟粒様陰影があり、他病院で粟粒結核として2年間受療していた)。3回計250mCiの投与によって、RIの集積もX-P上の異常陰影も完全に消失し、治療を担当した筆者は転移巣が治癒できることに大きな感激を憶えた。図 3-6にも示した如く、軟部組織の転移は割合治療効果がよいが、骨への転移はやや効果が乏しい。131Iが集積しない場合はどうか?Tgの上昇も伴わない場合には、概ね転移がないと考えてよいが、ただ分化度が低下するとヨード摂取やTg産生などの分化機能が損なわれてくる可能性があるので、その点要注意である。また、自己抗体がなくてTgが高い時にはヨード集積を示さない転移巣があると考えねばならない。この様な例に、一時131I標識anti-Tgによるスキャンが行われたが、今は有効でないとされている。
 急速に増大する甲状腺腫瘍への対応も診療上重要なことである。甲状腺分化がんは一般に増殖が遅く、一ヶ月やそこらの観察では増大は著明でない。急速な増大を示し、2週後で大きさが変わるような場合は、悪性リンパ腫か未分化がんが考えられる。いずれも診断確定を待たずに早急に専門医に委ねるべきで、前者の場合には予後はある程度良好であるが、後者の予後は極めて不良であり、治療が急がれる。

表4-12 結節性甲状腺腫瘍の臨床
良性か悪性かを見極めることが肝要。
頚部リンパ節腫脹は重要な所見。
エコー検査は、結節の有無を知るには最適。ただし、良・悪性
の鑑別は困難。(CTやMRIも、RIシンチも不十分)
サイログロブリンも初診時には有用性乏しい。
穿刺吸引細胞診(FNA)が不可欠。
(エコーガイド下のFNAはこと有用とされる)
分化がんが大部分を占めるが、稀に未分化がんや悪性リンパ
腫が見られ、これらに際しては早急な処置が必要。
図4-10 機能性甲状腺癌の症例の131Iによる甲状腺及び肺野のシンチグラム
 
5.一般診療における甲状腺機能異常に対する考え方について


(1)甲状腺機能異常時の薬剤使用法

   ほとんどの薬剤には、注意書きとして甲状腺機能異常時には医師の指導のもとに服薬する様にとの記載がある。何が問題でどう対処すべきか?について簡単に述べる。

 バセドウ病の患者はアルコールに弱くなったと良く云う。より詳しく聞くと、直ぐ廻るがさめるのも早いことが明らかである。この一文に示したように、バセドウ病を主とする甲状腺中毒症状態下では薬物の吸収が早く、しかも代謝が早いことから血中濃度の持続時間が短いことが特徴である。それなら一回に大量投与するのか?成書には過量を心がけるようにと記載してあるが、正解は"no"である。大量投与は急速な吸収による影響が案じられ、一般には好ましくない。しかし期待されるだけの薬物効果を得るためには投与回数を増すことが肝要である。結論から云うと、バセドウ病の一般例では物質代謝が1.5〜2倍に高まっており、一日の薬剤量が約1.5倍になるよう投与回数を多くするのが適当である。病気の本質から交感神経刺激物質の投与は不適当であるが、禁忌とされる薬物はないと思う。
 甲状腺機能低下症は、上記のほぼ逆と考えてよい。薬剤の吸収が遅く、効果の発現が遅いが、代謝が悪く血中濃度が長く維持される。従って、低下症の方が薬剤の投与時には注意を要する。ことに、麻酔時や血中濃度の上昇が危惧される薬物の投与に際しては、効果が出ないからと云って大量投与することは厳に慎まねばならない。やや抑え目の量を早くに投与して、効果の発現まで待つのがポイントである。低下の程度にもよるが、一般的に云って、一日量を規定量の70%と考え、一回投与量、投与間隔を調節するのがよい。
 以上の特徴をご理解頂ければ、甲状腺機能異常時の一般診療に大きな支障なくご対処いただけると思う。

(2)非甲状腺疾患時におけるlow T3 syndrome

 一般患者に甲状腺機能検査を実施すると、可成りの比率でT3(FT3)の低下が認められる。多くはTSHやFT4(T4)は正常でT3のみの低下を示し、low T3 syndromeと呼ばれる。慢性消耗性疾患時に多く、末梢でのT4からT3への変換が障害されることによる。疾患の重篤度が増すと視床下部障害によってTSHも低下し、T4が低下するに至ると一般に予後不良とされる。良く相談を受けるケースとして、ステロイド投与患者の甲状腺機能異常がある。ステロイドはT4からT3への変換を抑制するのでlow T3は必然である。さらに、視床下部1を介してTSHをも抑制する(逆に副腎機能低下ではTSHが上昇する)ので、FT4も低下傾向を示すことが多い。クッシング症候群でもこの様なデータが良く見られ、いかにも視床下部性甲状腺機能低下症に該当する(TRHに反応する)。この様なときに、何を指標として甲状腺機能を判断するかは難しい問題であり、甲状腺ホルモン補償の是非も決めがたいものである。筆者はこのような相談に際して、ステロイドが原因であることが明らかな場合は、患者の身体所見が機能低下状態をを示さない限り治療は無用であると返答している。


おわりに
 

 本書は、一般の医家が日常診療で遭遇する甲状腺疾患者の診療に際してご存知おきいただきたいことを、筆者の独断と偏見でまとめたものである。一部に成書の記載と異なることもあると思うが、医学は日進月歩しており、筆者はこの既述の方がより正しいと考えている。甲状腺疾患を含めて内分泌疾患の多くは、身体所見などに可成りの特徴があり、初診時にある程度診断される。医師がこれらの疾患を念頭に置かねば見過ごされ、一旦そうなると正診されるまでに大きな回り道をすることになる。拙い記載で、諸家のご要望に十分対応できていないかとは思うが、本書を手にされる機会に、甲状腺のことをも一度思い起こしていただき、ご診療に反映して頂ければ望外の幸甚である。