5.甲状腺に関する検査 -1- 

 内分泌疾患の診断には、ホルモン、臓器特異性蛋白、自己抗体などの測定が不可欠である。最近、ホルモンなどの微量活性物質の測定は、感度、精度、特異性のいずれにおいても顕著な進歩が見られ、優れた測定が可能となった。今日では、各種ホルモンの測定や抗体の測定など、血液試料を用いたインビトロ検査(表5−1)が広く行われている。しかし、診断確定には後述するように超音波検査、インビボRI検査、細胞診なども不可欠である。甲状腺に関する検査は、現行の検査を正しく実施し、正しく判断することでほぼ支障はない。

A)In vitro検査:
表5-1.甲状腺関連インビトロ検査について
略号・通称名 正式名称
TSH
TBG
FT4
FT3
T4
T3
TRAb(TBII)
TSAb
TPOAb
マイクロゾームテスト
TgAb
サイロイドテスト
Tg (サイログロブリン)
甲状腺刺激ホルモン(Thyroid stimulating hormone)
T4結合グロブリン(Thyroxine binding globulin)
フリーT4・遊離サイロキシン(Free thyroxine)
フリーT3・遊離トリヨードサイロニン(Free triiodothyronine)
トータルT4・総サイロキシン(Total thyroxine)
トータルT3・総トリヨードサイロニン(Total triiodothyronine)
TSHレセプター抗体・甲状腺受容体抗体(TSH recepter antibody)
甲状腺刺激抗体(Thyroid stimulating antibody)
抗TPO抗体(Anti TPO antibody)
マイクロゾーム抗体(Anti thyroid microsomal antibody)
抗サイログロブリン抗体(Anti thyroglobulin antibody)
TgPA抗体(Thyroglobulin antibody by passive agglutination)
サイログロブリン(Thyroglobulin)
@TSH(甲状腺刺激ホルモン)
特徴:
TSHの測定は、現在用いられている甲状腺機能検査のうちで最も信頼度が高い検査であり、もし単項目で甲状腺機能を見るとすれば、TSHが選ばれる。
高感度測定法は、現在では、第3世代(0.01mIU/L以下)と改良が進み、低値域の分析も良くなった。
測定意義:
第1世代で測定感度以下となる病態のうち、低T3症候群は全例測定可能。
破壊性甲状腺炎の多くが測定可能。
未治療バセドウ病は多くが感度以下を示す。
破壊性甲状腺炎の経過観察、バセドウ病の治療経過の判断にも有効。
TSHの測定はことに甲状腺機能低下症の診断に有効であり、原発性低下症では50mIU/Lを越すものが多い。一方、中枢性低下症ではTSHの上昇が見られず(シーハン症候群で稀に高値)、両者の鑑別は容易である。
下垂体性と視床下部性低下症の区別はTSHの測定のみでは不十分で、500μgのTRH静注後のTSHの変動を観察することで一般に可能である。
留意点:
臨床所見や甲状腺ホルモン値との関係からTSHのデータに疑問が持たれる場合、SITSH(不適正TSH分泌:甲状腺ホルモン不応症、TSH分泌腫瘍など)を先ず考えるが、測定上の影響も念頭に置くべきである。
機能正常のバセドウ病眼症で測定感度以下を示すものがあり(測定時点以前に機能亢進があったと推測される)、ある1時点のみの測定成績で十分とは云えない。
ATBG(T4結合グロブリン:thyroxine binding globulin)
特徴:
T4は血中においてそのほとんどがT4結合蛋白(TBG、プレアルブミン、アルブミン)と結合して存在する(健常者では、T4の70%、T3の80%近くがTBGに結合している)。TBGは最もT4との結合親和性が高く、TBGの増減がT4測定値に大きく影響する。
測定意義:
TBGは妊娠時、エストロゲン投与時、急性肝障害時に増加するが、稀には遺伝性にTBG増多を示す家系もある。
一方、ネフローゼ症候群、蛋白同化ホルモン(男性ホルモン)、大量のステロイド投与時、肝硬変などではTBGが減少する。
先天的にTBG欠損を示す例も見られる。
留意点:
T4測定値が、臨床所見やTSH値と合わないときにはTBG異常を考えるが、最近ではT4よりもFT4の測定が一般化しており、日常臨床ではTBG異常が問題になることは少なく、TBG測定も異常症の確定のみに限定されつつある。
BFT4(free thyroxine)
特徴:
健常者では、血中のT4のうち僅か0.02〜3%程度が結合蛋白に結合していない遊離型で存在する。
測定意義:
この遊離型のFT4が全身の標的細胞に作用する真のホルモンレベルを示し、しかもTBGの増減に影響されないものであるから、FT4が正確かつ容易に測定できれば最善の甲状腺機能の指標となりうる。
留意点:
マウスのモノクローナル抗体を用いる系においてはHAMAや動物異好抗体の影響を受けることは当然であり、この点も注意を要する。
CFT3(free triiodothyronine)
特徴:
健常者では、血中のT3のうち0.3〜4%程度が結合蛋白に結合しない遊離型で存在する。
測定意義:
甲状腺からの分泌比を伺い知るというメリットが残り、バセドウ病の甲状腺機能亢進の指標や治療経過の評価に有用性が認められる。
非甲状腺疾患に際してみられる低T3症候群の指標ともなる。
DT4(total thyroxine)
特徴:
蛋白結合性のものを含めた全T4濃度の測定である。
T4の絶対量を測定していること(FT4は相対的値)。
ET3(total triiodothyronine)
特徴:
血中のT3測定は甲状腺機能と末梢代謝の両方を反映する。
FTRAb(TSHレセプター抗体:TSH receptor antibody)
特徴:
TSHレセプターに対する抗体のある種のものは、標識TSHの甲状腺結合阻害活性を示す。他にもTSHレセプター抗体があるので、TSH結合阻害抗体(TBII)と呼ぶべきである。
TBIIは早くから測定キットが発売され、広く測定されているが、近年、TSHレセプターを固相化して用いた第二世代TSHレセプター抗体の測定法が開発された。この新しい測定法(高感度TRAb)は、従来法に比べ、バセドウ病の診断における感度・特異度がともに優れている。
TBII並びに高感度TRAbはバセドウ病に特異的に検出されるが、甲状腺機能低下症の一部にも高活性を示すものがある。
正常者や他の甲状腺疾患者には検出されない。
測定意義:
バセドウ病におけるTBII測定の意義は表5−2に示す如くである。
表5-2.バセドウ病におけるTBII測定の意義
(1)甲状腺機能亢進の良い指標である。(未治療例では甲状腺摂取率、甲状腺腫の大きさ、組織学的に濾胞上皮細胞の増殖度などと相関する)
(2)バセドウ病治療経過、ことに寛解の判定に有用である。
(3)未治療例の検出率は100%ではない(約90%以上)。
(4)機能低下症の一部にも検出され、バセドウ病特異的とは云えない。
(5)TBIIが機能亢進の原因とされることの確証がない。
(TSHの結合阻害性を見ているのみで、TBIIが甲状腺を刺激するという明確な所見は得られていない)
〜第2世代TRAb(以下;高感度TRAb)〜
図5-1測定原理・測定法概要

〜表5-3高感度TRAb測定の利点〜
1. 2step液相法に比して有意に感度が高く,low titer TRAbの検出に秀でている。図5−2
2. 1step処理後に、洗浄操作があるので、抗TSH抗体の影響が除外できる。・・・バセドウ病患者の測定精度が改善された。
3. バセドウ病眼症の診断にも有効になった。
4. 破壊性甲状腺炎との鑑別も容易になった。図5-3
5. 抗ヒトTSH抗体の添加で血中TSHの影響が除去できる。・・・低下症のブロッキング抗体にも有用です。
6. 国際単位(IU/L)と結合阻害率(%)報告が可能。
7. HumanのTSHレセプターを用いたものと、PocineのTSHレセプターを用いたものがある
図5-2 Low Titer TRAbの検出 図5-3 無痛性甲状腺炎の鑑別
G TSAb(甲状腺刺激抗体)・・・健保適応
特徴:
バセドウ病の指標としては甲状腺刺激活性がTBIIより適当と思われる。
ブタ甲状腺細胞用いて、患者IgGによるcAMP産生増加を見ることによって、TSAbが感度良く測定できる。
測定意義:
バセドウ病におけるTSAb測定の意義をまとめると表5−4の如くになる。
〜表5-4バセドウ病におけるTSAb測定の意義〜
1.感度が良好で、未治療例ではほぼ100%に検出される。
2.バセドウ病眼症の良い指標である。(機能正常の眼症例ではTBIIは陰性または低値であるが、TSAbは高率かつ高力価に検出される)
3.出産後のものを含めて、亢進症発症の予測に有効である。(機能正常時から検出される)
4.機能正常時にも検出できることは、TSAbのみでは機能亢進を起こさないことも考えられる。
(バセドウ病眼症で機能正常時にはTSAbのみ高く、機能亢進発症時にはTBIIも上昇する。)
HTSBAb(甲状腺刺激阻害抗体:thyroid stimulation blocking antibody)・・・健保非適応
特徴:
TSAb測定に用いるブタ甲状腺細胞にTSHと同時に患者IgGをいれるとTSHによるレセプター刺激がブロックされ、cAMPの増加が抑制されることによってTSBAbが測定される。
原発性甲状腺機能低下(TSHが上昇)があり、甲状腺摂取率が低値の場合(甲状腺腫は典型例では触知されないが、甲状腺腫を認める例も稀ではない)、TSBAbによる機能低下の可能性が考えられる。一般的にはこの様な場合、TBIIが高値を示し診断に代用できるが、TBII陰性のTSBAbの存在も示唆されている。
TSBAb強陽性の母親から産まれる新生児には、一過性甲状腺機能低下症が起こる可能性がある。従って、低下症があるかまたは補償療法中の妊婦では、妊娠時にTSBAb(TBII)をチェックする必要がある。
バセドウ病の寛解と同様に、TSBAbの減少(消失)によって成人でも低下症が寛解することがある。
FGHを通じて、どのようなときにTRAb(TBIIのみではなく総合的に)を測定するべきかを表6−5にまとめたので参照されたい。
ITPOAb(甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)
特徴:
甲状腺の細胞質構成成分のうち主要なものがTPOであり、それに対する自己抗体をTPOAbという。
測定意義:
橋本病やバセドウ病などの自己免疫性甲状腺疾患には極めて高率かつ高抗体価に検出され、補助診断的な意義がある(バセドウ病で約90%、橋本病ではそれ以上)。但し、TPOAbの抗体価自体は、病態に直接的な意義を持たないものである。
留意点
甲状腺腫瘍や亜急性甲状腺炎の回復期などにもTPOAbを含む自己抗体が検出されうるので、抗体があるから自己免疫疾患とするのは正しくない。
自己抗体は少しは健常者でも産生されていると思われる。従って、測定感度が上昇すればするほどカットオフポイントの設定が難しくなる。
Jマイクロゾームテスト(Anti-M)
特徴:
TPOAbが測定されるまでは、甲状腺の細胞質成分(主としてマイクロゾーム)を認識する抗体をまとめて測定していた。この抗体価はTPOAbと良く相関する。
測定意義:
TPOAb以外に補体結合性を示す抗体が含まれており、これは組織障害性に直接つながるものである。
留意点
加齢とともに健常者における検出率は上昇し、60歳以上では女性の15〜20%、男性でも5〜10%に見られる。
剖検時には約10%には甲状腺にリンパ球浸潤などの炎症所見が見られ、抗体が検出されることは甲状腺における自己免疫反応の存在を裏付けるとは云える。ただし、腫瘍の周辺にも炎症性変化が見られ得るので、抗体の検出と診断を結びつけるのは不適当である。
KTgAb(抗サイログロブリン抗体)
特徴:
甲状腺特異的蛋白の主たるものであるTgに対する自己抗体。
最近、高感度かつ特異性に優れる正確な測定法が開発され、後述のサイロイドテストに比して検出率が大幅に改良された。(検出率は橋本病で80〜95%、バセドウ病で60〜70%)。
測定意義:
橋本病では高抗体価を示すものが多く診断上有用とされる。
留意点:
抗甲状腺抗体の疾患特異性は乏しい。ことにTgAbの病態関与度は低いようである。
TgAb自体の病因性は乏しく、単に甲状腺における免疫反応の結果を見ているに過ぎないと考えて良い。
Lサイロイドテスト(anti-Tg)
特徴:
マイクロゾームテストと同時に開発された甲状腺可溶性成分(Tgが主)に対する受け身凝集反応(passive agglutination)による抗体測定である。
測定意義:
本法は感度が低く、しかも本法で陽性の血清はほとんど全てがマイクロゾームテストで陽性になる(用いられる抗原物質にTgが混在しており、anti-Tgも検出されうる)ことから、この測定の意義は乏しいと思われる。
留意点:
一般的には両PAテストを同時にオーダーすることが多い。
MTg(サイログロブリン)
特徴:
甲状腺構成蛋白の主たるもので、濾胞中のコロイドの主成分である。
TSHなどの刺激があるとコロイド小滴として甲状腺細胞内に取り込まれ、ここで水解を受けて結合している甲状腺ホルモンを放出する。
一部は分解されないままで血中に漏出し、健常者でも若干のTgは血中に存在する。
測定意義:
甲状腺腫瘍の場合には、正常部の破壊に加えて分化したものでは腫瘍からTgが産生され血中濃度が上がる。
バセドウ病やホルモン合成障害(Tg形成不全は除く)、さらに可逆性機能低下症などでは過剰刺激で血中Tg濃度が上昇する。
一方、亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎(多くの場合自己抗体があるので、Tgは正しく測定できない)などで甲状腺の破壊が起これば、Tgが漏出し高値を示す。
機能障害を伴う場合のTg測定は、亜急性甲状腺炎では診断や病期の判断上有用であるが、それ以外では余り重要ではない。
バセドウ病の寛解判定に有効とも云われるが、多くの場合自己抗体があり一般的ではない。自己抗体が存在すると、異常な測定結果が得られる。
Tg値を診断に利用することは正しくない。ただし、甲状腺がんの治療経過の判定上は極めて有用である。
図5-4正常人及び結節性甲状腺腫患者における血中Tg濃度
腫瘍の良・悪性に関わらず多くの場合上昇し、腫瘍マーカーとなりうる。腺腫様甲状腺腫でも上昇する。即ち、腫瘍マーカーではあるががんマーカーとは云えない。
図5-5甲状腺分化がん21症例における手術及び
131I大量投与療法前後における血清Tg濃度の経時的変動
治療経過を示すが、全摘術を受けて再発や転移のない場合、Tgは正常化するが、Tgが高値で持続するものは転移・再発が見られ良いマーカーとなる。部分切除例は、一般にがんの程度が軽いもので、Tgも術後正常化するものが多いが、一部には高値を示し、転移・再発が認められる。分化がんで転移巣が明らかな場合、甲状腺を全摘し、131I大量療法が行われ、転移巣の治療にも有効であるが、この効果判定上もTgが最も良い指標となる。ただし、治療経過中に分化度が低下し、未分化がんになるとTg産生能も低下するので注意を要する。この様な場合は131I集積能も低下し、予後不良である。
図5-6分化型甲状腺がんで甲状腺全摘術を受けた患者の血中Tg濃度
分化がん手術後の成績をまとめたもので、全摘が行われ転移のない場合は低値を示し、転移が確認されているものは転移部位によらず高値を示す
Nカルシトニン
特徴:
傍濾胞細胞から産出され、血中カルシウムを低下させ骨に集積させる作用を持つホルモンである。
測定意義:
甲状腺髄様がんにおいて上昇し特異的なマーカーとなる。
MEN2型およびFMTCの家系例の発症前診断に用いられる。ペンタガストリンやカルシュウム負荷後の測定が有効である。
留意点:
最近では原因遺伝子であるRETの変異をPCRで検索することが可能になり、発症前診断におけるカルシトニン測定の意義は少なくなった。