6.甲状腺疾患診察上のポイント -1- 

 本項では、一般医家が甲状腺疾患者を診療する上で参考にすべきポイントを示し、日常のご診療の一助になれば幸甚と考える次第である。
表6-1甲状腺機能異常を思わせる臨床症状
機能亢進症状 機能低下症状

問診より
動悸・息切れ・体重減少・便通頻数・微熱 全身倦怠・浮腫(粘液水腫)・便秘・食思不振・寒がり

診察時所見
眼球突出・汗かき・いらいら・早口で多弁 顔面浮腫・着衣多い・のろのろ・嗄声でゆっくり

理学所見
甲状腺腫 甲状腺腫(または萎縮)
頻脈・皮膚湿潤、暖・手指振戦 徐脈・皮膚乾燥・毛髪粗・腱反射の弛緩遅延

一般検査
T-Chol低下・AL-P上昇 高γグロブリン血症・ZTT上昇・赤沈亢進
T-chol、CPK、LDH(GOT)などが上昇
心電図の低電位、X-P上の心陰影拡大、心エコーの心嚢液貯留
A.初診時におけるポイント
1)どの様なときに甲状腺異常を考えるか?
 一般診療で既に常識的なことであるが、簡単に紹介する。
@前頚部腫瘤(甲状腺腫:goiter):
甲状腺が全体的(びまん性:diffuse)または部分的(結節:nodular)に腫大した状態。
健常者の甲状腺は全て触知可能であり、横径(甲状軟骨下縁あたりでの計測)は成人女性で2.9〜3.2cm、男性で3.0〜3.3cmほどである。従って、甲状腺を触知しなければ即異常(形成不全または萎縮)といって良い。
上記より大きいものがびまん性甲状腺腫となるが、一般的には嚥下運動に連動する前頚部の腫脹(七条分類1度)を認めるということで良いと思われる。
結節性腫大は、長径1cm以上であれば触知可能であり、深部のものでなければ見える。
留意点:
エコー検査が普及し、5mm以下の結節や嚢胞も容易に、かつ高頻度に検出されるが、これらを精査することは一般的には不要であり、数カ月から1年後にエコー検査を再実施して増大の有無を観察するのでよい。
A機能異常を思わせる臨床症状:
機能亢進も低下も、典型例では診察室へ入って来たときの様子や顔貌などから容易に診断できるほどである。
低下症が疑われたときには、深部腱反射の弛緩相の遅延を観察することが、他の疾患異常では見られ難い所見であり、鑑別上有用である。
B一般検査データで甲状腺機能異常を考えさせるもの:
〔バセドウ病〕
T-cholの低下とAL-Pの上昇が特徴的である。AL-Pは骨型が主であり、長期の機能亢進の結果を示し、破壊性甲状腺炎による中毒症では上昇しないことも少なくない。
AL-Pはバセドウ病で抗甲状腺剤投与後に一時的にかえって上昇することが多いので、薬剤による肝障害と誤られることもあり注意を要する。
留意点:
初診時にはバセドウ病患者の約35%にGOT、GPTの軽度上昇を認め、他にも異常値を示すものもあるが、これらは診断上の特異性に乏しい。
〔橋本病を含む低下症〕
高γグロブリン血症があり、これに伴ってZTT(TTT)の上昇、赤沈の亢進が見られる。ことにZTTは住民健診に利用されることも多く、この異常を肝障害と誤られる場合が少なくない。
低下症でT-chol、CPK、LDH(GOT)などが上昇することは良く知られており、これらから本症を疑われる場合も多い。
留意点:
なお、CPK以下の筋由来の酵素値は安静によって低下すること、また下垂体性の低下症ではT-cholが上昇しがたいことは注意を要する。
C臨床経過から甲状腺異常を思わせるもの:
〔バセドウ病〕
洞性頻脈や心房細動の原因であることは少なくない。入院患者では、脈拍数/体温の比の上昇から体温表上で脈拍の線が体温より1スパン以上上位に位置していることが多く参考になる。
食欲があって体重が急速に減少する場合、悪性疾患よりはバセドウ病または糖尿病を考えるべきである。発症時には1〜2カ月で10Kgを越す体重減少が稀ではない。
〔亜急性甲状腺炎〕
しばしば誤診される。これは疼痛の部位が前頚部に限局せず、側頚部、肩、下顎部、項部、背部などへ放散するためで、脳脊髄膜炎と診断された例もある。本症では、発熱のわりには全身倦怠の訴えが強く、甲状腺中毒症併存のためと思われる。
〔甲状腺機能低下症〕
心嚢液貯留の主要な原因疾患であり、TSHが50mIU/Lを越す場合にはほとんどの例に貯留が見られる。なお、強心剤や利尿剤には反応が乏しく、甲状腺剤の投与によって初めて吸収される。同様に、正球性正色素性貧血も多く見られ、鉄剤には反応しがたい。認知症、浮腫、胃腸障害などの鑑別上も本症が注目される。
2)初診時に注意すべきこと
表6-2初診時に何を聞き、何を診、何を検査するかについて述べる。
問診上のポイント
家族歴 若年発症例から、親や祖母などでの甲状腺疾患の発見に繋がる
学業低下 学齢期のバセドウ病患者
出産・流産歴 破壊性甲状腺炎により一過性中毒症(2〜3カ月後)、一過性低下症診断
(5〜10カ月後)の参考
インターフェロン療法歴 治療中または直後に破壊性甲状腺炎の予知。
抗甲状腺抗体の有無 甲状腺腫や機能異常がある場合には発症の予知。
ヨードの嗜好状態 一過性、可逆性甲状腺機能低下症予知
バセドウ病患者に挙児希望の有無 診療をスムーズに運ぶため
がん告知の是非 結節性甲状腺腫の患者に細胞診の結果報告
留意点:
@ 甲状腺疾患の家族歴を尋ねるのが習慣になっているが、これはあまり診療上役には立たない。
A 一過性、可逆性甲状腺機能低下症としては破壊性甲状腺炎によるものよりも、ヨードの過剰摂取に基づくものが多く注意を要する(全低下症の1/3にのぼる)。
B 結節性甲状腺腫の患者に細胞診(多くの場合、初診時に外来で実施する)を実施する前に、がん告知の是非を尋ねている(細胞診で確診される)。希望のある場合には正しく告知を行い、以後の治療や予後を患者に十分理解してもらって、相互の協力の下に診療を進めている。幸いなことに、甲状腺がんは一般的に予後が極めて良好であり、告知もやり易い。
3)理学的所見のポイント
@ びまん性腫大:バセドウ病の甲状腺は下膨れで厚ぼったく、血流が豊富であり毛細管拍動を触れる。一方、橋本病(破壊性甲状腺炎を含めて)の場合は細長く腫大し、先端部がやや結節状を呈し、軽い圧痛を認めることが多い。
A 結節性甲状腺腫:傍気管部を含めた頚部リンパ節腫脹の検索が悪性甲状腺腫の診断上重要である。結節による気管の偏位は良悪性の鑑別には無効であり、小さな嚢胞でも容易に気管は圧排される。
B 深部腱反射の観察が低下症診断上有用であることは既述した。
図6-1 1971年から1974年8月までの京大病院における甲状腺疾患 新患者1193例の疾患分布
疾患分布を示し、バセドウ病が35.6%と最多で、橋本病が22.2%であった。ただし、最近では単純性甲状腺腫の大半は橋本病と考えられており、受診者中でも橋本病がバセドウ病を上回ると思われる(医療施設を訪ねない軽症者を含めると橋本病が圧倒的多数を占める)。結節性甲状腺腫が全体の約1/4を占めるが、その内訳は腺腫様甲状腺腫を含む良性腺腫が18.1%、がんが8.3%に見られた。がんの比率が高いのは大学病院の特殊性と思われる。原発性機能低下症や亜急性甲状腺炎は、それぞれ約1%程度である
図6-2甲状腺疾患毎の性別分布及び性比
男性ではバセドウ病とがんが多い。性比(女/男)を見ると、橋本病は13.1と高値を示すが、バセドウ病は2.7、がんでは1.5に留まっている。注目すべきことは、甲状腺機能低下症の性比は2.0であり、主たる原病の橋本病の女性優位と大きく異なることである。男性は橋本病になりにくいが、罹病した人は高率に低下症になることが伺われる。

図6-3各種甲状腺疾患における年齢分布 図6-4各種甲状腺疾患における甲状腺腫の性状
バセドウ病は20歳代にピークを示すが若年や高齢者にも見られる。橋本病は中年以降に多いとされていたが、20歳代にもピークがあり、単純性甲状腺腫のデータを勘案すると若いときから甲状腺腫が存在することが伺われる。がんはやはり高齢者に多く、亜急性甲状腺炎も若年者が少ない。
バセドウ病はびまん性で軟らかいものが多いが、一部には硬いものや多結節性のものがあり、長い経過により炎症性変化が加わるためと思われる。橋本病でも軟らかいものや多結節性のものが見られ、疾患と甲状腺腫の性状を1:1に対比することは不当である。ただし、がんは硬い結節か多結節性である。
4)初診時に何を何処まで検査するか?
 初診時の診断は、甲状腺中毒症(亢進症)、機能低下症、びまん性甲状腺腫、結節性甲状腺腫にほぼ大別される。筆者の私見でこれら4疾患群の初診時検査をまとめたものを示す。
表6-3 4疾患群の初診時に必要な検査
亢進症:TSH、FT4、TBII、T3、摂取率検査、anti-M、(エコー)
低下症:TSH、FT4、anti-M、摂取率検査、エコー、T3
びまん性甲状腺腫:TSH、FT4、anti-M、anti-Tg、T3、エコー
結節性甲状腺腫:エコー、細胞診、TSH、Tg、FT4、シンチグラム